DESTINY戦後、アスメイはキララクと一緒にマルキオ邸でお世話になっているという設定です。ラクスに厳しめになっておりますので、ラクスが好きな方は申し訳ありませんがご覧になるのをお控え下さい。















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 あら、と驚いたような声をあげたのはラクスだった。先程まで豪勢な夕食が載っていた皿を重ねていたメイリンは、当然ながら何事だろうと顔をあげ、そうしてどこか嬉しそうな彼女の横顔を視界にいれた。
 胸の前で手をあわせ、きらきらと瞳を輝かせる。そんな彼女はラクスであってラクスでないように見えてしまう。幾月か共に生活はしているが、やはりまだ慣れない。ああ自分は本当に偶像の中のラクスしか知らないんだな、それとも偶像の彼女を見ていたいんだろうか、頭の片隅でぼんやりと思う。けれど今はそんな考えなど必要ない、さしあたっての問題は夕食を片付ける事で、彼女はその手を止めている。
 故にメイリンは口にする。どうかしましたか、差し当たりのない言葉を一つ。するとラクスは待ってましたとばかりに振り返り、その眩しい笑顔をメイリンに向けた。

「気がついたら、もう2月ですのね!私うっかりしておりましたわ!」
「…はぁ」

 だから、何だというのだ。
 それよりもメイリンは皿の汚れの方が気になって、ちらりと視線を皿に向ける。ラクスはそれに気付いているのかいないのか、よしんば気付いていても今の状態ではさして気にも止めていなかっただろうが。
 彼女はずいとメイリンの方へと身を乗り出すと、自らの人差し指を口元に添えた。そうして可愛らしく首を傾げるものだから、彼女の恋人辺りなら感極まって抱き締めていたかもしれない。

「私、2月はお誕生日がありますの」
「あ、そうなんですか。おめでとうございます」

 ああその事が言いたかったのか。納得の言葉を返したメイリンは、止めていた片付けを再開しようと再び手を動かそうとした――が、手が動かない。何故だと視線をゆっくりと落とせば、掴まれている自分の手。掴んでいる手を辿れば、満面の笑みを浮かべている彼女の姿。
 落として上げて、また落として上げる。そうして何度か目線を上げ下げして、ようやくメイリンは眉を寄せた。
 この手は何だと、目で問いかける。ラクスはニコリと一層笑みを深くして、メイリンの手を包むようにして持ち上げた。

「誕生日も、もちろん嬉しいですわ。けれどそれよりも2月は…ね?」
「ねって言われましても…」
「うふふ、メイリンさんはアスランに差し上げるのかしら?」
「差し上げるって…あの、だから話が全く…」
「バレンタイン、ですわ、もうすぐ」

 一緒にお作りになりません?

「バレン…タイン?」
「ええ、バレンタイン」

 メイリンが驚きに目を見開いて反芻すると、ラクスはもう一度首を傾げた。同意を求めるような仕草だった。
 バレンタイン、ああそうだバレンタイン。意中の人に告白したり、親しい人に感謝を込めたり。街中が華やいで浮ついて、メイリンだって、その行事を楽しみにしていた事もある。
 ああだけど。
 メイリンは信じられないものでも見るようにラクスを見つめる。彼女は本気で言っているのだろうか。彼女が本気で言っているのだろうか。

「ラクスさんは…キラさんに…?」

 ともすれば震えてしまいそうな声で尋ねれば、ラクスは相変わらず嬉しそうな顔で頷いた。

「ええ、去年は差し上げられませんでしたが。一昨年は既製品を差し上げましたので、今年こそは手作りをと考えておりますの」
「一昨年?一昨年もあげたんですか」
「はい。ああでも、アスランにも差し上げましたわ、お世話になったお礼に」

 彼女が――ラクス・クラインが。バレンタインに恋人と。バレンタインに、あの人へ。
 嘘だ、と思わず叫びそうになった。けれど彼女の顔が嘘ではないと言っているから、叫べない。彼女はただ本心を述べているだけで、ああそもそも偽る理由も原因もないではないか。
 そこまで思い至ると、メイリンはラクスに掴まれたその手を思い切り振り払った。彼女に触れられている事が、彼女に同じに見られる事が不快で仕方なかった。ガシャンと大きな音が響いたのは、勢い余って皿を床に落としてしまったからだ。
 ラクスはそのメイリンの行動と音に驚いたように目を見開き、戸惑いに硬直した。そんな彼女を、メイリンはキッと睨みつける。

「ラクスさんも、案外普通の女の子なんですね」

 発した声は思いの外低い。まさかモニター越しに見ていたアイドルに向けてこんな声を出すなんて、過去の自分からすれば驚きだ。けれどもラクスは今目の前にいて自分を見てる、紛れもないリアル。

「メイリン…さん?一体何の事を…」
「何の事?そんな事も分からないんですか?貴女が…」

 そしてリアルな彼女に抱く感情は、怒りか悲しみか、或いは失望か。
 視界に映るラクスの姿がぐにゃりと歪んだのは、自分の目に涙が溜まっているからに他ならない。だけども涙は拭わない。拭ってやらない。
 この涙の意味を、貴女は分かるのですか、ラクス・クライン――

「バレンタインは…その日は!私達にとって絶対忘れてはいけない日!貴女だってずっとその日の為に歌ってくれてたじゃないですか!」

 ねぇ、平和の歌姫…?

「あ…」
「何で!何でそんな今更気付きましたって顔をするんですか!追悼慰霊までしてくれた貴女が…っ!」

 貴女が眠れる魂を諫めてくれたのではないのですか、貴女も悲しんでいてくれたのではないのですか。

「なのに…アスランさんは“血のバレンタイン”で母親を亡くしてるのに!浮かれてバレンタインの贈り物をするなんて…そんなのってあんまりです!本当に婚約者だったんですか!」
「…私はそんなつもりでは…」
「じゃあどんなつもりだったんですか!慰め!?同情!?それなら尚質が悪いじゃない!」
「……」
「見損ないました!何も失ってない私ですら、その日の事を今でも覚えてるのに!貴女は故郷を捨てたと同じだわ!」

 言い捨てると、メイリンは反論も許さないままに身を翻した。ラクスはと言えば引き留めるように手を伸ばしはしたが、かける言葉がないのだろう、結局は無言でメイリンを見送った。
 俯いて、部屋を出る。どこに行こうか、どこでもいい。どこに行ってもどうせ明日にはまたここに居る――彼がここにいる限りは。しかし直後に体に軽い衝撃を感じて顔をあげると、メイリンの前には彼が居て、そして穏やかな眼差しでこちらを見つめていた。ぶつかったメイリンを、彼は優しく抱き止めてくれている。
 アスランさん、とメイリンは呟いた。聞かれたのだろうか、静かな様子のアスランは不安を煽る。彼は諦めた時や自虐的な時にこそ、よくそのような態度をとるのだ。

「あの…」
「皿、割っただろう?大きな音がしたから、見に来たんだけど」

 遮るようなアスランの言葉に、ああそういえば割ったかもしれないなと今更に思う。その後始末を今頃ラクスが一人しているかもしれないと考えると、僅かに居たたまれなかったが。

「えっと…ごめんなさい…」
「…いや、大事じゃなければいいんだけど」

 アスランはちらりとメイリンを確認するように見やり、それからメイリンの背後を窺った。まだ部屋に居るだろうラクスを案じているのだろう、しかしアスランはそれでもラクスの事は口にしなかった。
 居心地の悪さに視線を泳がせるメイリンの頭に、ぽんとアスランの手が乗せられる。驚きとと不安に、メイリンはびくりと身体を揺らした。

「少し、話をしようか。外に行こう」

 そしてそのまま、その手は肩に。やんわりと促すように肩を押され、メイリンは恐る恐るアスランを見上げた。視線に気付いた彼は、ニコリと小さく微笑んだ。
 やはり聞かれていたのだろうな、あんな大声で騒ぎ立てて皿まで割ったのだから。
 だけど彼は優しいから咎めはしない。
 連れられて外に出れば空は満点の星空で、温暖な気候にあるオーブの夜は静かで美しい。静かな海も空も、プラントにはない光景だ。

「ごめんな」

 開口一番に謝罪を述べたのはアスラン。その意図が分からずに「え?」と声を漏らしたメイリンに、アスランはもう一度ごめんと呟いた。

「君は本当はプラントの人間なのに、俺の都合でオーブに居るのは…やっぱり君に悪い事をしたなと思って」
「そんな、私は自分でここを選んだんです。アスランさんは悪くない」
「それでも…」

 アスランは首を小さく横に振る。それは言い難い何かを吐き出す為に、ためらいを捨てているような印象を受ける。
 そして次に発せられたアスランの言葉に、それが正しかったのだとメイリンは悟った。

「ここにいたら、失望する事が多すぎる…」
「アスランさん」

 淡く微笑むのは優しさか、諦めか。メイリンは顔を歪めた。ああ彼は涙を流さずに泣いている、一人で泣いている。
 なのに誰もその事に気付かずに。

「君の声を聞いて思い出した。いつだったかな…ずっと平和の歌を歌っていた彼女が恋歌を歌い始めた日。多分、あの日から」
「……」
「きっと、何かが狂い始めたんだ。彼女は自分の幸せを願うようになったし、英雄と謳われたキラも小さな平穏だけを望み始めて」
「アスラン、さん」
「いいんだ、別に。ラクスにバレンタインを祝われたのは初めてじゃないし、彼女が自分の幸せを願う事だって悪い事じゃない。世界中の人が望む平穏だって、きっと大抵は自分とその知人の平和くらいだから、キラの考えも否定はしない」
「アスランさん」
「悪いのは彼等じゃなくて…ああでも彼等も悪いかもしれないけど。勝手に期待して勝手に失望したのは、俺なんだから」

 彼の言いたい事は良く分かる。分かるけれど。

「なぁメイリン」
「はい」
「期待に応えてくれない彼女が悪いのかな、期待しすぎた俺達が悪いのかな…君はどっちだと思う?」

 平和を望んで、歌って。大衆の為にあってくれと一人の少女に押しつけるのは、確かにただのエゴなのかもしれない。彼女には彼女の幸せも願いもあって、彼女自身がそれを諦めてしまうのは確かにおかしいかもしれない。
 だけどそうなったのは。そうなるようにし向けたのは誰だ。
 アスランの真髄な眼差しが向けられる中、メイリンは口を開く。口の中が乾いて、最初は声が上手く出せなかった。

「私は」
「うん」
「私…は……期待に応えないラクスさんより、期待させるような事をしたラクスさんが…一番悪いと思います。それならまだ、期待に応えようとしたミーアさんの方が歌姫です」
「…うん」

 ふわり、と。不意に暖かいものに包まれる感触。抱き締められたんだと認識したメイリンは、彼の腕の中でそのままうっとりと目を閉じる。平素なら赤面していただろう彼の所作に、今はただ酔いしれるように身体を預けた。
 ありがとう、耳元でアスランが囁く。

「ほんとはずっと、俺は帰りたかったのかもしれない」
「そうですね」
「帰ろうか、二人で。プラントに。君の為にも、俺の為にも」
「そうですね」
「それで…バレンタインの日は、両親の墓参りに行きたいな。母の命日なのに、実はまだその日に行った事がなくて」
「親不孝者ですね」
「だから親孝行したいんだ、いい加減」
「私も…一緒に行きたいな」
「ああ、来てくれると嬉しい」

 そこまで言葉を交わし、身体を離す。メイリンの視線の高さまで身を屈めたアスランは、視線を合わせるとふわりと微笑んだ。

「君が割ったお皿、一欠片だけ持って行こうか。記念に」

 君が皿を割ったから自分はあの場に駆けつけて。君が皿を割ったから君の気持ちを聞いた。君の気持ちを聞いたから、自分も素直になれて。
 アスランの言葉にメイリンも「そうですね」と頷いた。それから、じゃあラクスさんにチョコでも渡しましょうかと冗談も添える。

「ああそうだな、“プラントのラクス”にじゃなくて“オーブのラクス”に…」

 最初で最後だろう、“オーブのアスランとメイリン”から愛を込めて。
 だって“プラントのアスランとメイリン”はバレンタインを祝わないから、祝えないから。“プラントの歌姫”はもう居ないけれど、確かに“ラクス”はここに居る。その彼女に感謝と謝罪の意を込めて。









 その年のバレンタイン、かつての戦犯とその妻の墓に。
 彼等は小さな花を添えた。








後書き
バレンタインネタでこんな暗い話を描くのもどうかと思いながら。
そしていつも以上にタイトルに意味がない…!