言えない言葉を

花言葉に乗せて…



innocence




今となってはあの時の自分の感情なんて覚えていないし、思い出す事も出来ない。
過去の事を今どうこう言ってもそれは所詮過去。
変わらない。
戻れない。
要は今更。
どんなに切に願っても、懐かしんでも。自分を包む世界は“現実”であり“過去”でない。辛くても、悲しくても、“今”を抜け出す方法は“未来”を切り開くのみ。

―初めまして…

どこで間違った?いつズレが生じた?
彼女との関係は…作り物でしかなかったのだろうか…。
もう、何も分からない。自分の感情も。あの人の感情も。



『…アスラン』

あの日…俺は初めて彼女からプレゼントを贈られた。
いつも貰ってばかりでは悪い、と。
彼女が差し出したのはたった一輪の花。白く、可憐な花は彼女の雰囲気にピッタリだと思った。

『私が育てた花なんです。名前、知っていますか?』

花の名前は詳しくない。正直分かるのは、薔薇とか桜とか…広く一般的に知られている花だけ。
仕方なく首を横に振れば、彼女はクスクスと笑い声をたてた。
仕方ないですわね、と。微笑む彼女が可愛らしくて。
血腥い場所にいる自分と違って日の当たる場所にいる彼女を眩しく思うと同時、胸が締め付けられるような気分だった。
彼女は戦争を知らない。知らなくていい。彼女は平和な場所で笑っていられれば…。
花を持つ彼女は正に童話の中の妖精そのもの。汚れを知らない、可憐な生き物。

『この花はゼフィランサス…私からアスランへ。花言葉は自分で調べてくださいな』

頬を僅かに赤らめてそう告げる、彼女のその微笑みに他意があるなど、その時の俺には気付くはずもなくて。
受け取った花は、小さくて壊れてしまいそうだった。



ゼフィランサス――白い花。汚れを知らぬ、白い花。



花言葉は――“潔白な愛”。



そして。




「敵だというのなら私を撃ちますか?ザフトのアスラン・ザラ」
「アスランが信じて戦うものは何ですか?頂いた勲章ですか?お父様の命令ですか?」
「お話してみてはいかがですか?お友達と」



ゼフィランサスの花言葉は“期待”。


俺は――彼女の期待に応える事が出来なかった…。




今となってはあの時の自分の感情なんて覚えていないし、思い出す事も出来ない。
ひょっとしたら義務だったかもしれない。
婚約者だから、会わなければいけない。話さなければならない。
そんな義務と責任だったかもしれない。

すべては過去…もう思い出の中の世界。



けれど 願わくば


思い出だけは色褪せぬよう…






《END》