恋愛と友情の境界線とか。

憧れと恋愛の境界線とか。



そんなの、誰も分からない。











彼と彼女と、まだ見ぬ誰か












「貴方の全てを私に下さい」

戦艦ミネルバのラウンジにて、俺に向かっていけしゃあしゃあとそう言ったのは同僚であるルナマリア・ホーク。
そのせいで口に含んでいたコーヒーが気管に入り、暫くゴホゴホとむせてしまって。思わず「何なんだよ一体!」と半ば叫びに近い声をあげる。苦しさから目には涙が浮び、ああ、お前のせいでめちゃくちゃ苦しかったじゃないか。視線にそう念を込めたのだけれど、彼女はさも気にしていないとばかりに小さく肩をすくめた。

「何って、告白の練習?」
「告は…って、何で俺に言うんだよ!」

俺は練習台か!そんなものレイにでも言っとけ!
どれだけ噛みつこうとも、けらけら笑うルナマリアには無駄な行為…もとい、意味を成さない。
こいつは本気でその告白とやらがしたいのか。それともただ俺をからかいたいだけなのか。
多分後者なんだろうな、と俺は溜め息を漏らす。彼女は年頃の女の子らしくこういった冗談や噂話が大好きだから。
手に持っていたコーヒーを再び口に含んで、

「シンは、今の告白ときめかなかった?」
「ぶはぁっ!?」

そして再び吹き出した。

「な…いや…何だよホントお前!調子に乗ってるんじゃないぞ可愛いからって自分が!」
「…何言ってるのかさっぱり分からないんだけど」

それにしても汚いなぁ。
ルナマリアはそう言いながら呆れた眼差しで俺を見る。でも多分、この俺の反応はごくごく普通だと思う。きっと彼女の相手があのレイだったとしても、少なくとも喉に詰まらせるくらいはするだろう。うん、絶対する。
口元のコーヒーを拭いながらそんな事を考え、俺はちらりと彼女を見遣った。
確かに。彼女は可愛らしい顔をしているし、そのサバサバとした性格も無意味に女らしいよりも自分には好感が持てる。けれどそれはあくまで仲間や友人として付き合う範囲であって、彼女の言う“ときめき”とは程遠い――いや、そもそもルナマリア相手なものだから、ただからかわれたとしか思えなかったのもあるが。
要は、全くと言っていい程…そう、ときめきなどというものは、皆無だった。

「え〜?じゃあシンはどんな告白されたらドキッとする?“貴方の事を考えると夜も眠れないの”とか、“貴方のハートにチェックメイト!”とか?」
「…さっきとあんまり変わらないだろ、ソレ。むしろどこからそんな文句覚えてきたんだよ、ろくなものがないな」
「そ〜う?」

また唐突な事を言われて吹き出す事になってはごめんだと、すっかり飲む気の失せたコーヒーを捨てようか捨てまいかしばし悩んで。

「てかさ、お前ほんと何考えてんの?」
「だから告白の仕方よぅ!男の人は何て言われたらときめくのかなって思ったの!」
「ときめかせたいの?」
「…うん」

敢えて誰とは聞かないけどさ、と尋ねれば、彼女は先程までの勢いはどこにやったのか、小さく、恥ずかしそうにこくりと頷いた。
何と言うか、突飛な台詞よりもそういう仕草の方がときめくと思うのに――なんて、さすがに言いはしないけれど。
俺は一つ、溜め息をつく。それが果たして恋愛について分かっているようで何も分かっちゃいない彼女に対してか、それとも何だかんだで彼女の言う“ときめき”について考えてしまっている自分に対してかは、自分ですら分からなかった。


本当は“ときめき”だなんて人それぞれだし。
そんな事が無くても想いが通じる時は通じるし、通じない時は通じないし。


それでも女の子は少しでも自分を可愛く見せようと努力して、やはり、男として見ればそれは嬉しい事だし、友人として見れば微笑ましい事だ。
ああ、そういえばマユもそうだった。妹も、学校で好きな男の子が出来たと言っていた時、いつもと違う髪飾りをつけたり女の子らしい服を好んで着たり。
「お兄ちゃん似合うかな」と聞かれて、どこか変だと正直に言えば怒って、それからいじけるのだ。
「彼はあの子が好きかもしれない」と相談されて、“あの子”が誰かは分からないけれど「マユの方が可愛いよ」と言えば喜んで、それから嬉しそうに笑うのだ。

「ルナは可愛いから大丈夫だよ、そんな事しなくても」

目の前の少女が亡き妹と重なって、俺は自然とそんな言葉を口にいていた。
彼女は、一瞬驚いたように目を見開き、そして頬を朱に染めて「お世辞ならいらないわよ」と。
それでも嬉しそうに微笑んだ。

「変に飾った言葉だと白々しいし嘘臭い。こういう時ってさ…」

だから、俺も、小さく微笑んだ。

「“好きです”って、ストレートに言うのが一番いいんだよ」

昔、マユに「お兄ちゃんって告白した事あるの?」と聞かれた事がある。「ないよ」と答えれば「参考にならない」と怒られて、そのあまりの理不尽さに腹が立ったものだが。
今考えれば、きっとあの時妹は今のルナマリアと同じ事を聞きたかったのだろう。

「何か今、うっかりときめいちゃったじゃない…」
「惚れるなよ」
「惚れないわよ!」

それから二人で顔を見合わせると、どちらからでもなく吹き出し、声を立てて笑う。
こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない、と思った。

「あ!ザラ隊長!」
「あぁ?」

ふとルナマリアが視線をそらし嬉しそうに名を呼んだので、俺はつられるようにそちらに振り返る。そこにはもちろん“ザラ隊長”がいらっしゃる訳で、彼女の声に、奴は困ったようなそうでないような曖昧な表情を浮かべた。
彼に駆け寄るルナマリアをぼんやり見つめ、彼に話しかけるその横顔をぼんやり見つめ。
何。もしかしてルナマリアのときめかせたい相手って、アイツ?
呆然と、今更ながらに気付いたその事実に、俺はしばし開いた口が塞がらなかった。
いつも以上に女らしく笑う彼女に、やはり相変わらず困ったようなそうでないような、それでも微笑みを浮かべる彼。まぁ癪だけれど、二人とも容姿は整っているから端から見ればお似合いと言えなくもない――でもそう言えば、あのくそムカつくアスハが居たけれど、一体どうするつもりなんだ。

「シン!ザラ隊長が訓練見てくれるんだって!一緒に行く?」

本当に彼女が嬉しそうに笑うから。その横で彼が優しく微笑んでいるから。
ああ、やってられないよな。
俺は小さく溜め息をついて、首を横に振った。
さすがの俺でもそんな野慕な事は出来ないし。どちらかと言うと、アイツの横にアスハが並ぶよりもルナマリアが並ぶ方が、俺としても喜ばしいし。


仕方ないから、応援してやろうと思う。



だからせいぜい、ストレートに「好きです」と言ってくれよ、ルナマリア。



去り行く二人の背中を見つめ、いつか俺にもそんな相手が現れるのだろうかと、現れればいいなとぼんやり思った。










後書き

アスルナとかいいつつ、アスランとルナが最後に絡んだだけ(笑)

仲の良いミネルバメンバーが好き。
それからシンとマユの兄妹仲はこれくらいが良い。

ちなみにタイトルの『彼と彼女』はアスランとルナマリアで、『まだ見ぬ誰か』はシンのお相手=ステラ?