何だこの状況は。


「ねぇ、聞いてるんですか?」


僅かに混乱する頭で、それでも俺は現状から逃れる術を必死で探していた。
見上げてくる視線が痛くて。
ふわりと漂ってくる、恐らく香水のものだろう柑橘系の香りが鼻をつく。


「答えて下さいよ」


ああ、そんなに近付いたら、何というか、キス、出来そうだよなぁ…なんて。


「ねぇ〜!」
「分かった…から、ちょっと離れてくれないか…」


本当に吐息がかかりそうなくらい近い、その赤髪の彼女の肩を、押し返すつもりで軽く掴む。
予想以上に華奢な感触に驚いて、でもただそれだけ。
溜め息をつきながら、目的通りにその手に力を込めて。



話は、本当はそこで終わる筈だったのだ。









《恋のから騒ぎ》









パンッ…という音が、二度三度、辺りに響いて。
構えをといて僅かに顔をしかめた彼女は、それから不安気な眼差しで俺を見やった。怒られると思ったのか、きつく注意されると思ったのか。どちらにしせよ、何だか微笑ましい。
思わず漏れた苦笑を噛み殺して、俺はそっと彼女に近付く。貸してと言って手を差し出せば、彼女はおずおずといった感じでその手に握っていた銃を俺に渡した。

「そんなに筋は悪くないけど、君もやっぱり問題は手首だな。狙いはよくても、不安定だから撃つ瞬間に反動でズレが生じてる」

そして、今度は俺が二度三度引金を引く。
隣の彼女が小さく感嘆の息を漏らして、それから自分の手首を軽くさすった。

「手首…」
「ああ、まぁ女の子だから力がないのは仕方ないし…特に君は、オペレーターたから…」
「……」







彼女の――メイリン・ホークの訓練に付き合ったのは、多分ほんの偶然に過ぎない。
通路でばったりはちあわせてしまった俺達は、中途半端に面識があるせいで互いに無視出来ず、立ち止まり、口篭った。
お疲れ様です、今から休憩ですか?…と、彼女。
ああ、と頷いて、ここは「君もか?」と聞き返すべきだろうかとしばし迷い、

「あの…っ!」

開きかけた口は、彼女の声によって再び閉じられる。

「あの…もしよかったら…ですけど、今から射撃の訓練に付き合ってくれませんか…?」
「はぁ?」

そして漏れたのは間抜けな声。
それを見た彼女は、その態度を拒否ととったのだろう、見るからに萎縮していて、何だかとてつもなく申し訳ない気分になった。

「いや…その…何故?ルナマリア達は…?」
「あ、えっと…お姉ちゃんやレイは、多分シミュレーションです。シンは…分かりませんけど。それで、私一人で…アスランさんは射撃がお上手ですし、私もお姉ちゃんと同じてそんなに得意じゃありませんから」
「ああ、そう…」

別に、嫌な訳じゃない。むしろ向上心があるのは良い事だと思うし、それに自分が役立てるなら悪い気はしない。
考えて、今だにしゅんとしている彼女を見て、俺は苦笑混じりに「分かった、いいよ」と了承の言葉を返した。途端に彼女の顔がパァッと明るくなるものだから、何だか妹みたいで可愛いなぁと思う。
さしずめ、ニコルの女版…といったところか。
彼が聞けば「そんな事無い」と怒られてしまいそうな事を思いながら、それから。







「そろそろ終わろうか。もう結構時間も経ってる」
「え?あ、はい!ありがとうございます!」

ぺこりと頭を下げた彼女に、俺は自然と笑みを返した。
やっぱり、妹みたいだ。女の子を相手にするのはあまり得意な性分ではなかったけれど、不思議と彼女はそうでない…のは、きっとそう感じるせいだと思う。
それじゃあ終わった事だしと、そう言って先に失礼しようとした俺は、見上げてくる彼女に辞去の言葉を口にして。
背を向けかけた途端、ガシッと腕を掴まれた。

「…何?」
「ああ、いえっ!せっかくですし、ついでにお茶とかどうですか?…なんて」
「……」
「…駄目…ですよね?」

駄目です。
そう強く断れる筈が、無い。

「別に…構わないけど…」

お茶するだけなら、と答えた俺に、訓練の事を了承した時のように、彼女はまたパァッと花を咲かせた。
そのまま、掴んだ腕を引っ張るように足を進め――あまりにいきなりだったから危うくバランスを崩しかけ、「うわっ」と、それはもう情けない声を出してしまった俺。周りに誰も居なかったからよかったものの、もし誰かに聞かれていたら恥ずかしい。
それ以前に、この体勢も恥ずかしい。
色んな意味で慌てる俺に、彼女は構わずズンズンと進んで行く。もちろん、腕は掴んだまま。
止める間も振りほどく間もないままにラウンジに連れて来られ、そこでようやく腕を離された時、俺は心底ホッとした。

「何飲みます?」
「ああ…じゃあ、コーヒーを…アイスで…」

何か、訓練よりも疲れたんですけど。
心なしげっそりしている俺に彼女は注文通りの品を手渡して、受け取った俺は近くの椅子にドサリと腰かけた。手に持つ冷たい感触が心地良い。
溜め息をついて、ソレを飲もうと口に運ぶ。
その時ふと視線を感じて手を止めれば、すぐ隣、至近距離にこちらを見上げる彼女の瞳があった。まだ飲んでなくて良かった。飲んでたら、多分思い切り吹き出してしまいそうなくらい、驚いた。

「な…何?」

ジーッと見つめてくる彼女。そんな風に見られれば相手が彼女でなくとも居心地が悪いもので、歯切れ悪く問えば、

「アスランさんて、ラクス・クラインと婚約してるんですよね?」
「はぁっ!?」
「でも、カガリ・ユラ・アスハと付き合ってるんですよねぇ…?」
「あ…いや、それは…」
「まぁ、代表の方は私の憶測ですけど。でも代表の方はアスランさんの事大好き〜て感じでしたし。正直な話、どうなんですか?どっちが本命なんですか?」

女の子は、確かに恋愛話が好きな生き物だ。そしてきっと、スキャンダルも大好きなのだ。
ああ…どうやって答えるべきか否か。
ラクスとは婚約解消してます、何て、そんな事を言った日にはどんな尾ビレをつけられる事か。冗談じゃない。カガリの事だって、別に付き合っていますと公言していた訳ではないけれど、否定した所で何と苦しい言い訳だろう。いや、そもそもラクスの体面を傷付けるのは得策でないかもしれない。今は彼女はミーアだけれど、議長と共に行動しているミーアは間違いなく“ラクス”だ。プラントの、カリスマ的歌姫だ。

「ああ、じゃあアスランさんはどんなタイプが好みなんですか?代表とラクス・クラインじゃあタイプが全然違いますよね」

悶々と悩む俺に、再度質問が投げかけられる。俺はそれに気付かずに、更に悶々と悩み続けて。

「アスランさん?」

彼女の声色が訝しむものに変わって、そこでようやく我に返った。
ハッとして、彼女の方を向く。
同時、ギョッとした。

「ねぇ、聞いてるんですか?」

近い。
先程も十分近かったけれど、それに輪をかけて、顔の距離が近い。

「答えてくださいよ」

グッと寄ってくる彼女とは反対に、俺はグッと引く。
心の内で冷や汗を流しながら、思わず顔が引き攣ってしまうのは仕方がない事だと思う。
「ねぇ〜!」なんて可愛い声を出して、無邪気なのは時に罪な事だと実感した。

「分かった…から、ちょっと離れてくれないか…」

引き離そうと、肩を掴む。
華奢だと思った。
グッと、彼女が痛くないように加減をして、押し返そうと力を込め――けれど、そうする前に何かガシャンと大きな音がして、体勢もそのまま、俺達二人は同時にそちらへ視線を向けた。
まず目に映ったのはピンクの携帯。それから視線をあげていくと、白い靴、足、ピンクのスカート、赤い服…驚いた顔のルナマリア。
パクパクと口を開閉させて青ざめている彼女が足元の携帯を落としたのだろうか。そのすぐ後にシンが姿を現して、「ああ、俺の携帯…マユの携帯がっ!!何て事を!!」などと泣き叫んでいた。
え、俺の携帯って、シンってそんな少女趣味だったんだ。
その携帯の正体を知らなかった俺は場違いな事に驚きつつ…まぁ、後から知ったのだが、その時はその時で「わざわざ持ち歩いているのか」と驚いたものだが。
とにかく、彼女の登場にぽかんとしていた俺達は、今の体勢などすっかり忘れていた。

「な…な…」

こちらを指差して挙動不審な彼女に、思わず顔を見合わせ、そこでようやく気付く。
詰め寄るように俺の方に身を乗り出しているメイリンと、その肩を掴んでいる俺。極めつけ、至近距離な顔。下手をすると、二人の世界一歩手前な恋人の体勢。しかも押し倒されるのは俺。
ルナマリアを見て、メイリンを見て、またルナマリアを見て。姉妹の間で視線を行き来させ、パッと肩を掴んだ手を離す。意味もなく両手をあげたりしてみて、まるで痴漢疑惑をかけられ無実を証明する男のようだ。
あはは、と乾いた笑みを漏らす。
ああ、どうしましょう。何だか、凄く良くない事が起こりそうな予感がするのですが。

「や…やぁ、ルナマリア。シンと一緒に休憩かい?」
「…ええ、ザラ隊長こそ、メイリンと楽しく休憩中ですか?」
「…え、いや…」
「ごめんなさいね、メイリン。邪魔しちゃって!」
「い〜え。全然、どうぞお構いなく」

フンと鼻を鳴らしたルナマリアは、そのままつかつかとこちらに歩み寄って、それからドサリと。メイリンとはまた反対側の、俺の隣に腰を下ろした。
俺を挟んだまま会話する姉妹の、その間はとてつもなく居心地が悪く…去りたい、とは思ったけれど、いつの間にかメイリンに服を掴まれていてそれは叶わない。ついでに言えば、それを見咎めたルナマリアも反対側から同じように掴んでくる。
何なんだよ、もう。
俺が何をしたって言うんだ。
両脇に赤髪の美少女姉妹をはべらせて、俺はただただ引き攣った笑みを浮かべるしか出来なかった。
とてつもなく長い休憩時間になりそうだと、思わず、長い長い溜め息を一つ。
入り口付近で、落とされたらしいピンクの携帯を大事そうに握っている少年を見つめて。



「ルナ…!お前にはもう二度と見せないからな!!よりにもよって落とすなんて…何て酷いっ!!」



お前も、一体何なんだ。











後書き

別名・恋の馬鹿騒ぎ。

何か突発で浮かんだネタ。
オチがないので最後に無理矢理シンで落としたり(笑)

ホーク姉妹に押されて押されてたじろいでいるアスランが好み。
あとタイトルは執筆中にふと浮かんだ言葉だったので、特に深い意味はないです。