初めは些細な違和感だった。 Realize アスラン・ザラ――1つ年上の同僚である彼は、いつでも僕の憧れだった。 何をやっても、何をやらせても。 彼の右に出る人物はおらず、しかし彼自身もそれを鼻にかけたりなどは一切せずに。 いつか追いつきたいと。 いつか彼のようになりたいと。 けれど今はまだまだ彼に遠く及ばないから。 そんな今はせめて彼が頼ってくれるように。 だから彼を見ていた。 何時も、ずっと。 彼を見ていたから。 抱いたのは、些細な違和感。 「アスラン?」 そう呼びかけた僕の声に、彼は僅かに顔を強張らせた気がした…いや、多分絶対。 それはまるで魔王でも見つけたような表情だ。 失礼な野郎だな。 まぁ彼の表情の変化は本当に少しなので、彼を知らない人はまず気付かないだろう。 さらに言えば彼を知っていても気付かない人も多いだろう。 けれど僕は彼とは親しい仲だと自負していて――もちろん、彼の方は分からないが。 むしろ強制的に仲良しです。 「あ…ああ、何だ?」 「……」 苦く微笑むアスランの顔を、じっと見つめる。 そんなに僕が怖いのか。 確かに、彼は普段から笑顔を振りまくような人物ではなかった。 だからこうやって稀に見せる笑みも薄く微笑む程度だった。 だから大笑いした彼が見たい。 何となくね。 そう…本当に何と無くね。 「体調でも悪いんですか?顔色があまりよくないようですけど…」 アスランの搭乗するヴェサリウスの乗員でない僕は、最近の彼の様子など知らない。 だからそんな彼に異変など起きたとしても知る由もない。 それはいたく残念だったが。 ただ、久しぶり―といっても時間にして数日程度だが―に見た彼は、 どこか引き攣った笑みを浮かべていたから。 隊長の元に居る時に、時折顔をしかめているのに気付いたから。 その時僕の方をちらちら窺っていたのは何故だろうね? 僕の投げかけた問いに、彼は明らかに動揺の色を見せた。 「そんな事はない」と言いながら、視線を彷徨わせる。 目をあわせたくないらしい。 天誅だ。 「………」 「…ニコル」 恐らく素晴らしく爽やかな笑みでも向けていたのだろう、アスランは引き攣った苦笑を浮かべた。 不謹慎な話だが、彼のこういった表情が何だか本当に面白く思えて、僕は好きだった。 「…そうだな、何ともないと言ったら嘘になるかもしれないが…」 「やっぱり、どこか不調なんですね?」 「あ…ああ…でも最近よくある事だし…疲れているだけだろうから お願いだからこれ以上詮索しないで下さい… 」 コイツ、小声で反論しなかったか…? 「でも… それじゃあつまんねぇだろうがこの馬鹿!! 」 「ガ…ガモフに戻るんだろう!?俺は大丈夫だから…気持ちだけで十分だから!!!!」 その時、どうしてそんなに気にかかったにかは分からない。 ただちょっとデコピンしたかっただけなんだ… アスランの言う通り、僕はガモフに戻らなければならなかった。 デコピンの何が悪い。 急ぐ訳ではないけれど、のんびりしている訳にもいかなかった。 けれどアスランのデコが気になって。 彼の言葉を信用していない訳ではないけれど――。 「……そうですね…じゃあ…」 「ああ…」 後ろ髪引かれる思いで辞去の言葉を口にし、彼に背を向ける。 胸のざわつきはまだ治まらない。 つーかデコピンしてぇ… 何故だろう。 何故だろう。 今なら絶対スカさない自信があるのに―――!! 「アスラ…ン?」 デコピンしてもいいですか…? 思わず振り返った視線の先。 「アスラン…!?」 けれどそこに居たのは何時もの彼では無く。 「……っ」 「アスラン!!大丈夫ですか!?アスラン…!」 壁に手をついて蹲るように、その尋常ではない様子に我が目を疑った。 慌てて彼の傍に駆け寄れば、小刻みに震えているのが分かる。 顔は先に比べると明らかに青白く。 痛みに耐えるように必死に歯を喰いしばっているようだった。 「とにかく医務室に…歩けますか?」 支えるように手をかせば、アスランは思いの外強く袖を掴んできた。 正直、それはかなりの痛みを伴った。ちょっと許せへんで、アンタ…。 しきりに首を左右に振る彼は、果たして歩けないと訴えているのか、或いは大丈夫だと言いたいのか… それとも僕の助けは不要だとでも言うつもりかな? どちらにしても、無理にでも連れて行くしかない。 ここが無重力で良かったとどこか場違いな感想を抱きつつ、ゆっくりとアスランの肩に手を回した。 「どこが疲れているだけですか!!アンタ馬鹿じゃない!!?!」 馬鹿に馬鹿と言ったところで仕方ないが。 呆れ半分怒り半分、僕は清清しく彼を叱咤していた。 空いた手で自らの腹部を押さえる彼を見て、ああそこが痛むのか…と。 そこを殴ればどうなるだろうと 一瞬 思った。 普段このような事にならない彼だけに、悪い想像ばかりが頭を過ぎる。 もし何か悪い病気だったらどうしよう。 もう手遅れだと言われたらどうしよう。 ここでは治せないと言われたらどうしよう…。 さほど遠くもない医務室を目指しながら、僕はそんな焦燥にかられていた。 だってそんなのつまらない。 軍医に彼を引き渡す時。 「キラ…」 既に意識が朦朧としているらしい彼が呟いた言葉を、 気が動転してながらも僕はしっかりばっちり聞いてやった。 「ストレス…ですか…」 「ああ、 多分アンタのせいで 。しばらく安静にしていればよくなるよ。ただし神経的なものだから、 またいつか痛みだすかもしれないけどね」 静かに眠るアスランを視界に捕らえながら――僕は小さく安堵の息を漏らした。 そんな僕を見て、若い軍医は優しく微笑む。 この人多分僕と同類。 後から聞いた話だが、僕が血相を変えて飛び込んできた時は本当に何事かと思ったらしい。 「大事じゃなくて良かったよ」と、彼は心底残念そうな表情を浮かべた。 「じゃあ僕はしばらく席を外すから、彼をよろしく頼むね?」 「あ、はい。分かりました」 その言葉に頷いて、退出する彼を見送る。 それから再び視線をアスランに戻せば、相変わらず彼は規則正しい寝息をたてており―― いや、やっぱりちょっとうなされてるっぽい。 ただ、その腕に繋がれた点滴だけが彼を痛々しく彩る。 それが酷く悲しくて、同時に酷く悔しかった。 「あなたは…何をそんなに抱え込んでいるんですか?」 何をそんなに思いつめているんですか? 何にそんなに追い詰められているのですか? 何をそんなに想っているのですか…? まぁさっき聞こえてたから答えなくていいけど。 彼にそこまで想われているモノは、一体何なのか。 つーかキラって誰やねん。 少し羨ましく、少し妬ましく。 そして少し同情。 終わったれ!! |