星に願いを託す時


君が誰であろうとも、君が何を望もうとも



夢はきっと叶うだろう








WHEN YOU WISH UPON A STAR








「貴方…何してるの?こんな所で」

オーブ領モルゲンレーテの屋外。時刻は丁度、深夜の二時を指した頃だろうか。
明日に対する不安と緊張から、夜風にでも当たって気分転換でもしようと考えていたミリアリアは、不意に視界に映った人物に戸惑いからつい声を発してしまった。

「……さぁ?」

振り返ったのは、夜空と同じ宵闇の様な紺碧色の髪と、翡翠の様な綺麗な翠緑の瞳――そう、間違う筈もない、アスラン・ザラ。
トールを殺した仇でもあり、友達であるキラの親友…ミリアリアの中では、どちらかと言うと前者の対象であるのだが。
壁に凭れるように座り込んでいる彼は必然的にこちらを見上げる事になり、その向けられる眼差しにミリアリアは思わず顔をしかめてしまう。何故声をかけたのか、何故見て見ぬ振りが出来なかったのか…そう後悔した所でもう遅い。

「…君は?」
「え…?」
「…君こそこんな所にわざわざ何の用だ?」
「別に。ただちょっと外の空気を吸いにきただけよ。貴方こそ、休まなくていいの?」

フイッとそらされる視線。彼が見つめる先には、幾千と輝く星空が広がっている。
つられてミリアリアも空を見上げ、

「…何処で?」

そう小さく呟く彼の声に、弾かれたように振り返った。
彼は相変わらず空を見つめたまま、その顔に僅かに笑みを浮かべている。暗いせいでよく見えないが、それは微笑みではなく嘲笑である事だけは不思議と窺う事が出来た。

「何処で?俺には居場所はないというのに…何処で休めと?」
「それ…は…」
「そう言う君こそ休んだらどうだ?地球軍は明日にもきっと攻めて来るぞ?」

此処から立ち去る事は容易だったけれど、ミリアリアはそうしたくはなかった。
逃げては駄目だ…と。彼だって、ちゃんとキラと向き合っていたのだから、自分だって逃げては駄目だ。
自身を叱咤して、早鐘のような鼓動を静めるために一つ深呼吸をして。

「眠れないのよ…」

言いながら、彼の隣に座り込んだ。

「…そうか…」

居場所がなくて、人気のない此処を選んだ彼。人目を避ける様に此処を選んだ彼。
そんな彼にとって、自分はきっと招かざる客なんだと、ミリアリアは思う。本当は鬱陶しいだけの存在かもしれないとも、思う。
しかし彼はそんな自分に対して何も言わず、自分と同じく立ち去ろうとはしないから。
ならばこのままでもいいんだと、そう思った。

「…星って…」
「え?」
「嫌だな。見下されてる気分だ」

不意に彼が溜め息混じりにそう口にして、ミリアリアは怪訝に眉を寄せる。
隣を見遣れば、彼は不愉快だとばかりに顔を歪めていて…何に対してかとと言えば、もちろん彼の言う“星”に対してだろう。

「見下す?」
「よく言うだろ、死んだ人間は星になって見守っていてくれる…って。死んだらそんなに偉くなるのか?何様だって感じだよ」
「……」
「それに…“忘れるな”って、責められているみたいだ」
「…忘れたいの?」
「そういう訳じゃない…ただ…」

その言葉の意図が、ミリアリアにはいまいち理解出来なかった。
自分はトールの事を忘れるつもりもなかったし、忘れたいと思った事もない。星になって彼が見守っていてくれると言うならば、それはむしろ本望だ。

「ただ…囚われたくないだけだ」
「囚われる…?」
「……」

風が吹く。自分と彼の間を通り抜けるように。心の動揺を代弁するように。
遠くで木の葉が擦れる音が聞こえた。

「君の“友達”…俺が殺したんだって?」
「…っ!」

まるで他人事の様に、彼は問う。

「何時?何処で?…まぁ、そういう事もあるだろうな。心当たりもなくはない」

何でもない過去を振り返る様に、彼は言葉を紡ぐ。

「戦争って怖いな。失う事には脅えるくせに、奪う事には無感慨なんだから」

何気なく同意を求める様に。

「殺されたから殺して、殺したから殺されて?はっ…よく言うよ。人に銃を向けてきた人間が…」

僅かに狂気を帯びた口調で。

「さっきから否定してこないけど…“友達”じゃなくて…本当は“恋人”だろ?」
「…っ…」
「知ってるよ、カガリに聞いたから」

表情を崩す事もなく、ただ瞳にだけ悲しみの色を湛えて。

「…分かってるなら、いいのよ…もう…」

反論出来ず、知らず唇を噛む。何を言ったらいいのか、何を言いたいのか、自分でも分からなかった。
責める事は簡単だ。言葉で罵る事は誰にでも出来る。
でもそれはただ虚しさを募らせるだけのような気がして、そうする事が負けのような気がしたから。

「…何だ、てっきり怒るのかと思った」
「私、そこまで馬鹿じゃないもの」
「…そうか」

フッと、彼は笑みを浮かべる。それは安堵の笑みと言えば正しいのだろうか、穏やかで優しい笑みだった。

「君が文句の一つでも言うようなら、俺も言ってやろうと思ってたんだけどな…」
「何それ…もしかして試してたの?私の事」
「…結果的には、ね。ただ俺はキラに許されただけで此処にいられる程、寛容でもないから…」
「だから…“囚われたくない”?」
「…そんな所」

不意に和らいだ空気――今まで強張っていたのは彼じゃない、自分だ。自分が知らぬ内に彼に対して壁を築いていたから、彼も自分に対して警戒心を抱いていただけ。
再び空を見上げた彼に従って、ミリアリアもまた空を仰ぐ。
もしこの星のどこかにトールがいたとして、自分を見守っていてくれたとして…それを本望だと言った自分は、過去に囚われている事になるのだろうか。
違う様な気もするけれど、当たっている様な気もした。

「でも星を見上げるのは嫌いじゃない。綺麗だし…やっぱり」
「矛盾してるわね」
「そんなもんだよ、人間なんて。矛盾だらけだ」








青天の霹靂の如く 突然に

運命は君の元に

星に願いを託す時、 夢はきっと叶うだろう




《END》