例え望まれた愛でも 強いられた愛でも 君が好きだった 守ってあげたかった 《胡蝶ノ夢》 17:二人の関係 時間に“もしも”があったなら、自分は一体いつまで遡ればいいんだろう。 軍に志願する前? それとも、ヘリオポリスに襲撃する前? 友人が軍に身を投じる前? 仲間が彼に殺されてしまう前? どれも――どれも正しいようで、微妙に違う。いつに戻っても、結局は昔になど戻れないように思う。 “君だって戦争なんか嫌だって言ってたじゃないか!” 軍に志願しなかったなら、クルーゼ隊ではなかったなら。 きっと自分でない誰かがイージスに乗って、迷い無く彼を撃っていただろう。 “あの艦には友達がいるんだ!” 彼が軍に志願しなくたって、仲間が殺されていなくたって、互いに奪った命は返っては来ないだろう。 “次に戦った時は俺がお前を撃つ!” “撃てばいいだろう!お前も俺を撃つと、言った筈だ!” 間違ったのは自分か、彼か。 そういえば先に銃を向けたのは…先に引金を引いたのは、果たしてどちらだっただろうか…。 そんな事すらもう、記憶の片隅に追いやられて、曖昧で。 “あなたが殺しましたか?” ――それでも… それでも、手を下したのは自分だ。 彼を殺そうとしたのは、間違いなく自分の意思だ。 タン――と、移動のために乗ってきたジャスティスから飛び降りる。その時の音が、同時に生じる衣擦れの音が、やけに耳について不快だった。 紅い機体は、今はただの灰色だけれど。以前に覚悟を決めた機体と同じ色だと言うのは、正直自分にとって皮肉以外の何者でもなかった。元々イージスを模しているのだから仕方がないけれど、それでもやはり複雑な思いは拭えなかった。 「…“我等の正義に星の加護を”…か」 最後に聞いた、ザフト軍としての自分にかけられた言葉。 正義とは何だろう――“ジャスティス”、それはむしろ“正義”というよりもただの“正当化”のように思えて仕方がない。 守るために人を殺す。もちろん、そうしなければならない時だってあると思う。人間誰だって、親しい人間が死ぬよりは見知らぬ人が死ぬ方がいいに決まっているのだから。その性を、変える事は出来ないのだから。 けれど今の軍は行き過ぎだ。地球軍も、ザフト軍も。 互いに己の愚行を正当化し過ぎている。 見上げる先、自分の掲げる正義。これもまた、誰かを傷付ける道だろうけれど。 ふと視線を横に移せば、以前の、そして今も僚機であるバスターがあって、その隣にはあのストライクがあって。 無惨にも中破したその姿は、何とも言えない複雑さを胸の中で抱かせる。 戦場で――あの場所でキラと再会した事。ミゲルやニコルが殺された事。すべてこの機体のせいだけれど。 けれどもし戦いで人が死ぬのなら、それは武器のせいでなく、使う人の責任であり、つまりは彼等を殺したのは機体でなく引金を引いたキラであり。 ――ごめん… 口だけを動かして、声にならない謝罪を紡ぐ。 ――言えなくて ストライクのパイロットが友人だと言えなくて、ごめん。 ――迷っていて 戦場でためらいを見せて、ごめん。 ――見せてやれなくて 望んだ平和を一緒に歩めなくて、ごめん。 けれど忘れないから。君達を、絶対忘れないから。 恨むなら、恨んでくれて構わない。罵るなら、罵ってくれて構わない。 それでも自分は、彼等を忘れたりはしないから。 “お前等…死ぬなよ” 配属されてすぐの時、先輩である彼は最後にそう言ってくれた。 死ぬなよ――と。まだ戦場のノウハウを知らない自分達に、優しく、けれど真剣な眼差しで。 “逃げて下さい!アスラン!” 自身も傷付いていたのに、体を張って守ろうとしてくれた彼。 あの時意地になった自分が、あのまま殺されても仕方がなかったのに。彼がその身代わりになって。 そんな彼等に“死なない”と誓う事は簡単だ。言葉だけならいつでも言える。 けれど死ぬ時は死ぬ、死なない時は死なない。言葉にしても、この先どうなるのかは誰にも分かりやしない。 だから――だから、「死なない」なんて言わない。その代わり、今を精一杯生きようと思う。 例えそれで死んだとしても、平和を見る事が出来なかったとしても。 自分のした事が無駄にならないように、精一杯迷わずに、ずっと前を見据えて。 “僕が傷付けた!” 知らない事は怖い。 “守ってあげなきゃならない人なんだ!” 知る事も怖い。 それでも、自分は…。 “俺は…キラだけじゃなくて彼等の事も、もっと知りたい…” それでも自分は、そう願ったのだから。 彼女に会いたいと、声が聞きたいと、そう願ったのは自分なのだから。 瞳を閉じて、一つ大きく、けれど静かに息を吐く。僅かに感じる緊張を振りほどくために、何を知っても受け入れられるように、覚悟を決めるように。 再び瞳を開いて、それから身を翻して。すれ違った整備士の人達が気さくに挨拶してくれるのが、嬉しいような、少しくすぐったい気分だった。 身に纏うのはザフトの紅なのに、今まで散々敵対していたというのに。 反射的に敬礼しそうになった腕を、拳を握り締める事で何とか押さえ付け、その代わりにアスランはぎこちないながらに笑みを浮かべ、それに応える。 自分の軍人としての慣習はまだ抜けきれていないらしい。握り締めた己の手を見つめ、思わず小さく溜め息をついてしまった。 ――…ザフトの為に そう言っていた日々が、酷く遠い昔のようで。 そのまま通路に出て見据えた先はずっと長く、けれど入り組んだように続く通路。 宛のない自分は一体何処に行けばいいんだろうか。 何処に行けば会えるとか、何処に行けば誰がいるとか。自分はどのくらいの間この艦にいるんだろうとか。 キラはいつも、この通路を通っていたんだな…とか。 同じ戦艦でも、基調になる壁の色や照明の色が違うだけで、ここまで違って見えるとは思わなかった。曲線的であるのと直線的であるのとでは、ここまで違って見えるとは思わなかった。 たかが通路なのに、こんなに違和感を抱くとは思わなかった。 「……」 その壁に触れて、意味のない感慨にふけって――意を決したように、身を翻す。 この艦にいたのは本当に少しだけだったけれど、戦艦なんてモノは大体似たような作りだ。別段変わった所があるわけでもなく、また足りない所があるわけでもない。 進めば当然辿り着くのは居住区で、薄暗い空間から明るい空間へ。その変化に、僅かに目を細める。 “守りたい人達が…” キラの――キラの守りたかった場所。 “守ってあげなきゃならない人なんだ!” 果たしてここにそれだけの価値があったのか。それで彼が幸せだったのか。 もちろん自分はそれを確かめるために今此処に立っているのだけれど。 『トリィ』 「…え?」 その時――不意に聞こえた音に、思わず耳を疑った。 トリィ…と。そんな音を発するのはこの世で一つ、自分が親友に贈った物だけだ。 “鳥ぃ〜?” “うん、このくらいちっちゃくてさ。手の平や肩に乗って…で、こう首傾げて鳴いたり” “まさか…飛ぶ?” “そりゃ飛ぶでしょう、鳥なんだから” 「何……」 独特の羽音をたて、肩に止まってくるこのロボット鳥。 既視感――以前にもこんな事があった。 “大事な友達に貰った、大事な物なんだ…” モルゲンレーテのフェンス越しの再会の時も。 “アスラン!こんな所にいたの?” カガリと話していた時に、探しに来てくれた時も。 その先には必ず彼がいて。 でも今は違う。 だって彼はきっとラクスの側で、きっと泣いているから。 見上げた視線の先、そこにいたのは当然彼でない人で――。 「……あ」 「君…は…」 遠くもない、近くもない距離の向こう。 その人は困ったように、小さく苦笑した。 この二人は気が会いそうです。 加筆修正・2007/2/9 BACK / TOP / NEXT |