初めてでもなく 久しぶりでもなく


僕達の関係は よく分からないから


言葉は言えなくて






《胡蝶ノ夢》

18:友






「……あ」
「君…は…」

トリィ――と。
そんな声が響く中、通路の先。その近くもなく遠くもなくの距離にいる人物に、アスランは複雑な眼差しを向けた。
 話をしたい、とは思ったけれど。いざ対峙すれば何を言っていいのか言葉に迷う。
 初めまして?…いや、それはさすがに今更な気もするし。こんな所で何してるんだ?…それは向こうよりもむしろ自分が言われるべき台詞だ。

「……」
「……」

 互いに黙り込み、戸惑ったように視線を泳がせる。
 アスランにとって向こうはただの“キラの友達”でしかないけれど、向こうにとって自分は“キラの友達”と言う以前に“元イージスのパイロット”であるのだ。
 そしてそれは同時に“トールを殺したザフトの軍人”であって。
 何だかミリアリアが自分を許してくれた――そう言えば語弊があるかもしれないが、とにかく対等に「アスラン」と呼んでくれる事が酷く恵まれた事のように思えた。
 失ってなお「気付かせてくれてありがとう」と言ってくれた彼女。「仲間だ」と手を差しのべてくれた彼女。君達が憎いと告げた時、微笑んで受け入れてくれた彼女。
 泣きそうな時、欲しい言葉をくれた彼女。ただ黙って側にいてくれた、彼女。

「……あの…」

 そうだ。ただ待っているだけじゃ駄目なんだ。
 話がしたいなら、言葉を口にしなければ出来ないから。相手がいつか歩み寄ってくれるのを待っているだけじゃ駄目なんだ。
 逃げられるならそれで結構。許されないならそれで結構。
 そこまで他人の心に侵入は出来ないし、文句も言えない。人と言うものは、悲しいかな他人に言われてどうこう出来る程簡単な生き物ではない。

「…名前……君の。教えてもらっても構わないか…?」

 緊張で声が僅かに震える。それでもアスランは一言一言、噛み締めるように言葉を紡いだ。
 名前さえも知らず。
 せっかく共に戦っているのだから、出来れば全てが終わった後、気が付けばただの他人でしたなんて、それは悲しいじゃないか。
 確かに艦の人間全ての名前を覚えるなんて出来ないし、必然的に関わりのない、もしくは薄い人間も出てくるだろう。
 けれど相手は歳も近い、しかも親友の知り得ない顔、知り得ない3年間を知っている。
 出来れば――そう願ってしまってもある意味仕方がないだろうと思う。

「…サイ…です。サイ・アーガイル。…アスランさんの事は…キラと、ディアッカから…少し」

 聞きました、と。そう言ったサイに、アスランは驚いたように目を見開いた。
 ディアッカとは既に上手くやっているらしい――それは別段不思議な事ではないのだが、やはりそんな風に自然に名前を出されるとは思わなくて。
 まぁ、イザークならともかくディアッカだしな…。
 納得したような、けれど違和感もあるような。昔にそんなに上手くいってなかった間柄としては、内心少し複雑だ。

「…アスランさん?」
「え…あ、いや……」

 サイに怪訝な眼差しを向けられて、どうやら自分の思考の渦に浸っていたらしい。
 我に返ったアスランがしまったとばかりに顔をしかめれば、それがどうやら「不快だ」ととられてしまったらしく、サイの表情が僅かに曇った。

「本当に突然、すみませんでした…あ、そうだ。その鳥、キラに返してくれませんか?さっき部屋に行ったらまさかまだいるとは思わなくて…」
「え?ああ、それは構わないけど…」
「ありがとうございます…えっと、それじゃあ俺、もう行きますから」

 何で話がそうなるんだろうか。
 申し訳ないとばかりに軽く一礼して、くるりと体を反転させるサイをアスランはしばし呆然と見つめ、それから慌てて彼を呼び止めるべく口を開く。
 待ってくれ、と。
 ここで彼に去られてはこちらに来た意味がないではないか。
 もし急いでいるとか用事があるとか、そう言われれば諦めるけれど、でもそうでないなら少しだけ時間が欲しい。彼と話をする時間が欲しい。
 嫌いなら――敵意を見せてくれても構わないから。
 アスランの制止の声にピタリと足を止めたサイが、恐る恐るといった風に振り返る。
 見間違いでないならば、その顔に浮かぶのは恐怖の色だ。

「あの…何か?」
「いや…その……話…を。時間を少し、貰えないか?」
「話?貴方と…ですか?俺と?」
「そう…したいと思ったんだが…駄目か?」

 彼は口をつぐむ。それから少し考えるように目を伏せて、再び顔を上げたときにはどこか戸惑ったような笑みを浮かべていた。

「いい…ですけど、こんな所じゃ何ですし…どこか別の場所で」
「あ?ああ…それもそうだな。済まない、突然こんな事言って…」
「いえ…」

 ならば食堂にでもと、サイは言ってアスランを促した。もちろん、アスランがそれに逆らうはずもない。
 付いて行くようにサイの後を歩きながら、アスランはぼんやりとその背中を見つめた。
 落ち着いた人だとか、大人びた人だとか、今まで自分の周りにいないタイプの人だとか…やっぱり何処か、軍人らしくないとか。
 思う事は沢山あるけれど、何だかそれが値踏みしているようで自己嫌悪してしまう。

「あの…さっきから思ってたんだが…」
「はい?」
「その…敬語はやめてくれないか?あと名前も。アスランでいい」
「え…でも…」
「別に大して歳が離れてる訳でもないんだ。それに…」
「それに?」
「…いや、何でもない。とにかく止めて欲しいんだ」
「?まぁ、そう言うなら…お言葉に甘えさせて貰うけど」

 歩きながら交わした言葉に、一つ溜め息を漏らす。
 こんな事を言うだけでもこれほど勇気がいるなんて…この先自分は彼等から上手くキラと“フレイ”の事を聞き出せるのだろうか。
 些か不安なものだ。

「それじゃあ俺からも一つ、いいかな?」
「ああ」
「そのロボット鳥…アスランがキラに?」
「……ああ」
「そう…そっか」
「それが何か?」
「いや、昔さ…って言ってもヘリオポリスにいた時だけど。キラが友達に貰ったんだって嬉しそうに言ってたから。軍に志願してからも、大事そうにして…だから…その……」

 歯切れ悪く言葉を濁すサイの言いたい事が何となく分かったような気がして、アスランは僅かに目を細めた。
 今までキラと戦わせて。互いに傷付き傷付け合って。
 彼なりに罪悪というものを感じているのだろうか。だから先程から何処か引いたような反応ばかりしていたのだろうか。

「…本当に…仲、良かったんだなって」
「…まぁ、な」

“本当に戦争になるなんて事はないよ、プラントと地球で”
“……”
“避難なんて意味ないと思うけど…キラもそのうちプラントに来るんだろう?”

 彼等さえいなければ――そう、思った時もある。彼等さえいなければキラは“大天使”に縛られる事はないのに。そう、妬んだ時もある。
 今は、彼等に出会えてよかったと思っているけれど。
 気が付けば既に食堂は目の前で、知らず鼓動が速まっていく。
 きっと、知らなければよかったと思えるような事もあるだろう。キラとラクスにとって――いや、自分にとって都合の悪い過去もあるだろう。
 本当は。
 キラとラクスが幸せで、二人が笑い合っていられるならば“フレイ”の事などどうでもいいと、そんな風に思っている自分がいたけれど、どうやら二人にとってはそうではないらしいから。
 なら仕方がない。自分も“フレイ”を認めるしか、ないじゃないか。

「あ……」

 そのような事を考えながら。
 不意に先行していたサイが入り口で立ち止まり、当然後ろにいたアスランもつられて立ち止まる。
 サイの視線は室内に注がれており――誰かいるのだろうかとアスランは訝しむようにその横顔を見遣り、それから同じように中を覗き込んだ。
 大した疑念も抱かずに。大体、疑念を抱く程この艦に詳しくはなかったし、余裕もなかったから。

「……あ…サイ…に、アスラン?」
「…ミリィに…ディアッカ?」

 どうしたの?…と。
 地球軍の軍服を纏った二人の声が、綺麗に重なって聞こえた。













無理矢理接触。次回はディアミリサイド。



加筆修正・2007/2/9


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