友と言う名の安泰と 愛と言う名の束縛と 選ぶなら どちらがいい? 《胡蝶ノ夢》 20:空白の時間 「俺に誓え。お前はアイツに引金を引かないと、俺に誓え」 「……知ってた」 「…なら……ちょっと待て。お前等…」 「アイツ……ボロボロだな」 「行ってお前が何言うってんだよ!」 「俺……ごめん。俺自分が情けないよ」 「……何でついて来たんだ」 抑揚のない、低い声。怒りを孕んだ、鋭い声。 振り向かずに、そう言い放たれた言葉――初めて聞いたそんな声色に思わず足が竦んだけれど、今ここで引き返す訳にもいかないと、必死で勇気を奮い起たせる。 展望デッキは彼と初めて話した場所。初めて笑顔を見た場所。そのせいだろうか、この場所は彼によく似合うと思った。 「あ…貴方が黙って行っちゃうから…私…」 「謝りにでも?」 「……っ」 何て言えばいいか分からない。 もどかしくて、辛くて、歯痒くて。泣いてしまいそうで。 見てくれない事が、こんなに悲しい事だとは思わなかった。 拒絶される事が、こんなに悲しい事だとは思わなかった。 「君に…」 彼が一言、言葉を紡ぐ。それに思わずビクッと肩を揺らしてしまうのは、今は仕方がないと思う。 「君に怒ってる訳じゃないんだ……ただ、今君といると、俺は何を言うか分からないから」 「……」 「今少し、一人にしてくれないか?頼むから…もう少しだけ」 「……」 『…イザークと…会ったんだ』 『え?』 『…アイツ、俺の事“裏切り者”だってよ。ははっ…笑えるよな』 「……嫌」 「ミリィ…」 「嫌よ…お願い、言いたい事があるなら言ってよ……そんなの…私達、ずっと辛いままじゃない」 「……」 「言ったじゃない!辛いなら辛いって、言えばいいのにって!前に私、貴方に言ったじゃない!なら今だって」 漆黒の闇を背負った彼が、振り返る。 その宇宙と同じ色の髪が揺れて、綺麗な翠緑の瞳が真っ直ぐこちらに向けられていて。 『撃つか撃たないか。揺らぐなら誓え』 『…アス…』 『俺に誓え。お前はアイツに引金を引かないと、俺に誓え』 「私達、自分が間違ってたって分かってる。止めなかった事、凄く後悔してる」 「……」 「だけどあの時は仕方ないって思ってた。戦争も知らない、死ぬのは怖い。だからキラが戦ってくれなきゃ私達はどうなるのって、不安で仕方なかったの」 溢れる涙は止められない。 彼が少し困ったように眉を寄せて、「ああ、また迷惑かけてしまったんだ」と、そんな罪悪に押し潰されてしまいそう。 『間違うと…後が怖い。お前達ならまだやり直せるんだから』 『…そうだな』 「…何で……君が泣く?」 「だって…貴方が何も言ってくれないから。貴方から何も言ってくれないから」 「…馬鹿だな、君も」 「うん…」 そんな顔しないで。 そんなふうに笑わないで。 泣きそうなクセに、そんな顔するから。 『……ごめん』 『え?』 『俺達……知ってた。キラとアスランが友達同士だったって…知ってたんだ』 『…なら……ちょっと待て。お前等…』 ごめんなさい、ごめんなさい。 その謝罪は誰に対してのものだろう。キラだろうかアスランだろうか。 「馬鹿だよ…揃いも揃って…馬鹿ばっかり」 「…貴方も?」 「俺もな。馬鹿だよ…本当は幸せにしてやらなきゃならないのに…傷付けた」 「誰…を?キラ?」 「違う。ラクス…ラクス・クライン」 『お前等…俺とキラの事を知って…止めなかったのか?アイツを』 『……』 『ちょっと待てよ…じゃあ俺が殺した奴は、俺とキラの事を知ってたって訳か?』 『……』 『くっ…ははっ、何だそれは。とんだ茶番じゃないか』 『アスラン…』 『知ってて戦わせただと?あのキラを?…ふざけるなっ!』 「婚約者だった…ずっと…彼女といて当たり前だと思っていた」 『俺が…俺達がどんな想いで戦っていたと思ってるんだ!ずっと…ずっと辛くて、怖くて…本気になれない自分が悔しくて!』 「でもやっぱり、馬鹿だから…俺は」 「……」 『落ち着けよアスラン!お前だって隠してたじゃないか!』 『俺は軍人だ!上に言われた事は従う!不本意でも従う!でもコイツ等は…!民間人だとか何とか言う前に、ならば友人を守ったらどうだ!』 『…それ…は…』 『お前等のためにキラは戦っていたのに…アイツはどうやって過ごしてした?フレイって誰だよ?俺はあんなキラ知らない…あんな許しを請うように泣くキラを知らない…』 「だからラクスがキラと一緒で幸せになるならば、俺は…」 フレイなんて本当はどうでもいいんだ、と。 彼はキッパリと言い放った。迷いのない瞳で、ハッキリと宣言した。 「フレイがキラを好きだとしても?」 「ああ」 「キラがフレイを好きだとしても?」 「ああ」 「サイが…フレイを好きだとしても?」 「…ああ」 『……さっきの…』 『…誰なんだよ、アイツは!キラは…気を失ってるくせにアイツに“ごめん”って…ラクスに向かってだぞ!?ラクスを見てフレイに謝ってるんだぞ!?あんなキラ…見ていられる訳ないだろ!』 「アスランは、ラクスさんの事を凄く大事にしているのね」 「そうだな…初恋、だったのかもしれない」 「…アスラン」 それから。 フッと小さく、彼は苦笑を浮かべた。 瞳は何処か寂しげだったけれど、それでも優しい微笑みを浮かべた。 『ちょっ…アス…!』 『…アスラン』 『アイツ……ボロボロだな』 自虐的な。 自嘲的な。 けれど優しい。 『アスッ…!』 『待てよミリアリア!行ってお前が何言うってんだよ!』 『でも…っ!』 『ディアッカ、ミリィを行かせてやってよ』 『サイ…』 『ミリィ…俺……ごめん。俺自分が情けないよ。だから…』 『でもお前等…アイツ、今…』 「本当は、君達を恨めしく思ってた…アークエンジェルの連中なんかって思ってた。だけど、今は」 「今は…?」 「むしろ好きだと思う、俺は」 「…うん」 「それだけ…分かってくれれば」 構わない――そう呟いて、彼は再びこちらに背を向けた。 そういえば、以前彼は星を眺めるのは嫌いじゃない、と言っていたのを思い出す。ああだけど、彼には星空がよく似合う。 「でも本当はまだ言い足りないでしょ?」 反動をつけて、その隣に並ぶ。 彼が驚いたように目を見開いたから、それに笑顔を浮かべて見せた。 「何言うか分からないって、豪語した割には何だか控え目過ぎるじゃない」 「……」 「何時間でも何日でも、聞くから……って、これも確か前に言ったっけ」 「……」 静かで、自分達の声しか聞こえない――ここはそんな空間。 「……キラが…一人で泣いている事、君達はちゃんと気付いていたのか?」 「……」 「アイツが人を殺すのに抵抗がないとでも思ってたのか?」 「…ごめん」 「アイツは軍人じゃないのに…いきなり戦闘に出されて、それで平気だと、まさか本気で思ってたのか? それとも相手が俺だから、まさかキラが殺されるわけがない…そう思って、アイツを盾にしていたとか?」 彼からの非難の言葉は、ある意味図星をついていて、自分にはただ黙ってそれを受け入れるしか出来ないから――彼がトールを殺したと認めたように。それを認めるしか、今の自分には出来ないから。 「……何て」 「……」 「今更言った所で過ぎた事だしな…忘れてくれ、今のは」 「ううん…忘れないよ。だって忘れちゃ駄目でしょう、これは」 「……」 解せない、と僅かに眉を寄せる彼。せっかく水に流そうとしたのに、と。 けれどミリアリアがそう言うならばと、それからしばし考えるように視線を泳がせて。 「なら…今度は君が、知ってる限りの事、教えて欲しい。キラの事とか、フレイの事とか…あと、トールの事」 「私が?」 「俺も、色々教えて欲しい事、あるから」 「うん、そうだね。アスランがそう言うんだったら…でも一方的に啖呵を切って来たサイはどうするの?あのままでいいの?」 「ああ…そうだな、後でちゃんと埋め合わせてくるよ。謝らないと、な」 むしろ好きだと言ってくれた貴方。 私も――貴方が好きだと思います。 例え仇でも、貴方は嫌いになれなくて。 どうしても、嫌いになれなくて。 貴方が好きだと思います。 台詞しかないところは、ご自由に想像してください。 加筆修正・2007/2/9 この話あんま好きくないので、またいつか内容変わってるかも。 BACK / TOP / NEXT |