自由にしないで見捨てないで どうか僕を 愛して下さい 《胡蝶ノ夢》 21:砂上の楼閣 罪を犯した。 人を殺して、傷付けて。それでも咎められないという、罪。 “私の想いが貴方を守るから…” だから僕は、その業を甘んじて受けよう。 それで彼女が満足するのなら。 それで彼女が救われるのなら。 それで僕の罪が、少しでも許されるというのなら――。 「馬鹿じゃないのか、お前」 呆れた、とばかりに腕を組んで溜め息を漏らす彼――アスラン・ザラ。 目を覚まして、そうしたら側にはラクスしかいなくて。その時は混乱していたから気付かなかったけれど、彼は一人で何処かに行っていた様で。それが彼の気遣いなのだとも思っていた。 彼は優しいから、もしかしたらラクスと2人きりにしてくれたのだろうか、とか。 事情を知らない彼には、もしかしたら慰めにくかったのかもしれない、とか。 けれども大分落ち着きを取り戻して、「よし、今から整備にでも行くか」と気合いを入れて部屋を出た途端、コレだ。気遣い?――そんな馬鹿な。そんな事をしてくれる人間は、開口一番人を罵倒する言葉を吐いたりはしない。 「ア…アスラン?」 「ホント馬鹿だな、お前。俺より馬鹿だ」 「ちょ…何でいきなりそんな馬鹿馬鹿連呼されなきゃならないのか…僕にはちょっと意味が分からないんだけど」 「意味も何も、俺はただ真実を告げているだけだが?」 「…はぁ…?」 待ち伏せていたとしか言い様のない、その彼の態度が。物凄く腑に落ちないのは気のせいだろうか。 不快だとばかりにキラは眉を寄せ、しかしそんなキラの様子をアスランは歯牙にもかけずに、また一つ、盛大に溜め息をつく。 「聞いて来たんだよ、全部。お前とあの“フレイ”?の事…彼等が知る限りで」 フレイ、の辺りで疑問符が付いたのは、恐らく彼が彼女を知らないからだろう。けれどもキラは「聞いて来た」という彼の言葉に驚いて、そんな些細な事に気付く余裕などなかった。 目を見開き、アスランの肩を掴む。そのキラの行動に、アスランは気分を害した様子もなく眉を少し動かしただけだった。 「アークエンジェルに行って来たの!?いつの間に…!」 「いつっていうか、今の間に。…まぁ、ちょっと色々あったけど…うん、行ってよかったと思うよ」 「…アスラン……君、行動派だね」 「話をそらすな。とにかく、俺はお前に一言言いたい事があるんだが」 「うん…さっきから散々言ってる様な気もするけど」 「五月蝿いな。とにかく……お前、いつまでその“フレイ”とやらに縛られてるつもりだ?いい加減、その無駄な罪悪は捨てたらどうだ」 何の遠慮もなく――しかも通路で。 アスランは毒舌とも言える言葉を淡々と紡ぐ。 彼はこんなに饒舌だったろうか。そんな思いが頭を掠めるも、言われている内容が内容だけに、キラはグッと言葉を詰まらせる。 無駄な罪悪。 そう簡単に言われた事が酷く腹立だしくて、同時に悔しい。 もちろんそれが図星をつかれたせいではあるのだが、自分が今まで背負って来た“業”をそんな風に軽々しく――何でも無い事のように扱わないで欲しい。自分が今までどんな思いで彼女に応えてきたのか知らないくせに、彼女がどんな思いで自分に尽くしてくれていたのか知らないくせに。 「無駄…無駄なんかじゃない」 「何故?彼女の父親を殺したのはお前なのか?違うだろう?ならお前が罪の意識を抱く必要があるのか?」 低く唸るように声を漏らすキラに、アスランは首を傾げる。その彼の態度が癪に触り、キラは気が付けばその胸倉を掴むように、そうしてアスランに向かって叫び声をあげた。 「守れなかった…僕が守れなかったから!」 “嘘吐き!” だってあんなに泣かれたのに。彼女はあんなに悲しそうだったのに。 ――彼女のその姿に縋るのは、それはただの逃避だ そう、心の中の自分が呟く。 ――いいや、違う 違う。逃避なんかじゃない。守れなかったのは自分だ。 ――違わない、逃避だ 違う……違う? 自問自答を繰り返せば、段々自分でも分からなくなる。 「なら“トール”は?彼はどうなる?」 目の前のアスランの瞳はまるで全てを見透かしているようで、だからどうしても視線がそらせなかった。 視線をそらしたら、何だか負けてしまうような気がした。 「彼はお前の目の前で死んだ。それはお前の力不足だからか?…違うだろう?」 「そ…れは…」 「言い訳だよ、キラ。ならお前は何人の人間を守るつもりだ?お前がいるから戦場に赴いた彼の家族も、そしてその恋人だったミリアリアも。お前が守るつもりか?」 「…っああ守るさ!守ってやる!」 「……」 スッ――と。 アスランの瞳に怒気が浮かんで。 思わずビクッと肩を揺らしたキラに、アスランは射るような眼差しを向け、その無言の責めがキラを酷く惨めにさせた。 本当は自分でももう分かっているくせに。 いつまで足掻き続けるんだろうか。虚しさばかりが募る。 「なら俺は?俺も彼女を守ってやらなきゃならないのか?」 「…っ!」 「違うだろう?キラ…お前がもし本当に“フレイ”が好きなのなら俺は何も言いやしない。けどお前はラクスが好きで、彼女の側にいたいんだろう?」 「……」 「いつまでもそんな事言ってると、結局お前もラクスもフレイも傷付いたままだ。誰も救われやしない」 「でも…僕は…僕はフレイを!」 「くどいぞキラ。お前がミリアリアに言った言葉は嘘偽りか?」 「…え?」 言いながら、アスランは静かにキラを指差して。 そしてゆっくりと。 「“守りたい…守ってあげたい人にはもう守ってくれる人がいて…”…そう言ったらしいじゃないか。なら、俺に根性見せてみろ、キラ」 その指を、通路の向こう――格納庫の方へと向ける。 つられて視線をそちらに向けるも何があるわけでもなく、ただ長い路が続くだけ。 “守りたい…守ってあげたい人にはもう守ってくれる人がいて…なんか哀しいよね、そういうのも” ああ、そうだ。 言ったんだ。確かにそう言ったんだ。 フレイはずっと守ってくれと、だから守ってあげなきゃならないと思っていた。 けれどラクスは違う。ラクスはいつも背中を押してはくれるけれど、乞うような言葉は口にしなくて。 そんな彼女を、守ってやりたいと思った。 守ってあげなきゃならないんじゃなくて、守ってやりたいと思ったんだ。 人に強いられるのでも望まれるのでもなくて。 純粋に。 彼女が笑っていられるように――彼女が笑ってくれる事が、泣きたいくらいに嬉しくて、愛しくて。 「…アス…」 「行け、早く。チャンスは一度だぞ。いいな?」 「…でも…」 「いいかキラ、一度しか言わないからよく聞けよ。俺は沢山の人を殺めて来たが、その犠牲者に償うつもりは毛頭ない。否定もしない。それが彼等のためだと思うから」 「……」 「この事はミリアリアにも言った。俺はトールを殺した事を謝りはしないから、と。でも彼女とは普通に話せるし、彼女といる事に辛いとは思わない。罪悪は抱く時もある、でも辛いと思った事は一度もない」 「……」 「お前はフレイといて辛いか?そうだろう?話を聞いた俺ですらお前等の馬鹿さ加減に呆れてる」 お前が抱くのは一方的なシンパシーだ。 ――同情だ ピシャリと言い放たれたアスランの言葉に、自分の中の何かが崩れ去っていくのをキラは自覚した。 砂上の楼閣――その言葉がピッタリと当てはまるような、そんな自分達の関係が。 無情にも。 後に残ったのは、彼の言う通り恐らく同情なのだろう。 アスランを掴んでいた手をゆるゆると下ろし、キラは不安に視線を彷徨わせた。脳裏に掠めるのは赤髪の少女ではなく、ピンクの髪の少女の姿だった。 「アスラン…僕…ラクスが…」 「……」 「本当は…だって…!」 「だから行け、と言ってるだろう」 「…アスラン」 震える声でアスランに問えば、彼は厳しかった眼差しを緩め、優しく笑みを浮かべた。 昔と変わらない――少し、大人びた。そんな笑みで、軽く背中を押してくれる。 会いたくて。 声が聞きたくて。 彼女のその笑顔が、誰よりも何よりも好きだ。 「…ラクス」 親友の元婚約者。 出会いは本当に偶然で、再会も本当に偶然で。 “貴方が優しいのは貴方だからでしょう?” 優しくて。 “お二人とも敵と戦われたのでしょう?…違いますか?” いつも、欲しい言葉を。必要な言葉をくれるから。 知らぬ内に甘えてしまって。 守りたいとか言っておきながら、自分が一番傷付けていたように思う。フレイを想って泣く自分を、彼女は何も言わずに慰めてくれていたのに。 『トリィ』 「え?うわっ!」 色々と考えながら進んでいけば、不意に開けた視界。そして視界を横切る緑の影。 見慣れたそれは、まるで主の到着を待ちわびていたかのように、キラの周りを飛び回る。 「…トリィ?」 『トリィ』 「…キラ!?」 「ラ…ラクス?」 それから。 一番聞きたくて、会いたかった人。 立て続けの突然の登場に、僅かに頭が混乱して、けれど彼女に会えた事が凄く嬉しくて。 どういう訳か格納庫にいるラクスが、フワリと近くまで寄って来る。手を貸して、そうすればいつか初めて出会った時の様に「ありがとう」と、そう微笑んでくれた。 「もう起きて来て大丈夫ですの?」 「ああ…うん。えっと…ラクス…は?どうしてここに?」 「……アスランに」 その笑顔がこの世で一番好きです。 誰よりも、大切に思います。 「トリィをキラに渡して下さいと、頼まれましたから」 例えるなら。 フレイはきっと、夜の海。自身は誰にも抱かれず。 けれどラクスは。 ラクスはきっと、瞬く星空。北極星が旅人の行く道を照らす様、いつも僕を導いてくれるから。 なら僕は。 星が輝く為の、夜の帳になりましょう。 ふわりと微笑むラクスに向かって、キラは「ありがとう」と口にした。 アスランがキレました。 加筆修正・2007/2/16 この頃のキララクは好き。 BACK / TOP / NEXT |