不意に不安になる

見えない未来、 見付からない心


僕達は 何処に行けばいいのだろう?






《胡蝶ノ夢》

22:今という宝物






「フレイは言ってくれたんだ…“私の想いが貴方を守るから”って。それが…嬉しかった。けど同時に悲しかった」
「…ふぅん」
「守るから守ってって。遠回しで言われてるようで…でも僕の存在意義は皆を…フレイを守る事ならって」
「…ふぅん?」
「……アスラン、さっきから話、聞いてる?話しようって、言い出したの君だろ?」
「聞いてるよ、ちゃんと。で、サイと喧嘩したんだろ?“フレイは優しかったんだ”って言って」

 パラリ、と。
 本のページを捲る音がやけに響く中。

「…そんな事まで聞いて来たんだ?」
「サイが言ったんだよ、勝手に。“誰も僕の気持ちなんか分かってくれないクセに”って、忘れられない程ショックだったって事じゃないのか?」
「…それ…僕が悪いわけ?」
「どっちもどっち…だな。止めなかったアイツ等もアイツ等、言わなかったお前もお前」

 ザフト軍の最新鋭の戦艦・エターナルの一室、戦闘のない一時の休息を満喫するパイロットが約二名。

「サイ…その後勝手にストライク動かしたんだって?よっぽどだな、そのコンプレックスの抱きようは」
「アスラン…言い様ってもんがあるだろ?嫌いなの?サイの事」
「まさか…いい奴だと思うぞ、アイツは」
「…ならさぁ…もうちょっと…ねぇ」

 その一方であるキラは、備え付けのベッドに腰かけて。そして他方であるアスランは同じくその向かいのベッドに腰掛けて、その手には一冊の本が収められていて。
 先程からいくら話をしていても一向に手元から視線を上げないアスランに、キラは少々呆れていた。
 人と話す時は目を見なさい、だなんて、そんな事は言わない。言わないが――せめて一瞥くらいしてくれてもいいじゃないか、と。そんな文字の羅列を追って何が面白いのか、些か理解し難い。

「…ったく。それにしてもアスラン、変な話ばっかり聞いてきて…」
「て言うかお前の過去自体が変なんだろ」

 大体、先に話をしようと言ったのは彼の方なのに――言われた通り格納庫に行き、そこでラクスと少し話をして帰って来たら彼が待っていて。

“……おかえり。早かったじゃないか”
“…ただいま”

 あの時の彼は優しく笑ってくれたのに。あの笑みはもしかすると、自分の口から事実を吐かせる為の嘘だったのだろうか。だとすると相当に性質が悪い。

“話をしないか?キラ。時間も余っている事だし…”

 それはもちろんラクスとの事や、フレイとの事で。
 最初は彼もしっかり聞いていてくれていたのだ――特にラクスとの話は。さすがに元許婚だと思う。けれどどうやら偶然部屋にあって偶然彼の目についた本が偶然彼の興味を惹いてしまったらしく、段々とその返答が曖昧になり、挙げ句の果ては「ふぅん」と、聞いているんだかいないんだかの相槌に変化して。そもそも本があった事自体、偶然だったのかすら怪しいものだ。

「ねぇ…本当にアスラン何聞いて来た訳?」
「…だから…全部?」
「いや、疑問で返されても…」

 更に言えば、元々機嫌の悪かったらしい彼には、フレイの件はどうやらお気に召さなかったらしい。
 話せって言ったの、アスランじゃないか。そう思うものの、さすがに口には出来ずに代わりに溜め息をつく。
 彼には色々迷惑をかけたのだ。ラクスとの事もそうだし、フレイとの事も。
 真剣に、自分の事を考えてくれたのだ。そう思えば、少しくらいなら我慢したっていいじゃないか。
 そして今度は自分が彼のために何かしてやっても、いいじゃないか。

“いつまで縛られてるつもりだ?いい加減、その無駄な罪悪捨てたらどうだ”
“ならお前は何人の人間を守るつもりだ?”

 例えあらゆる災害や障害から守れたとして、けれど傷付いた心は守れやしない。
 心がもう別の人間にある自分には――フレイの“心”は決して守れやしない。
 ただ互いに虚しさが募るだけ。
 求められても応えてもらえない虚しさと、求めても欲するものと違えるがために満たされない虚しさと。

“いつまでもそんな事言ってると、結局お前もラクスもフレイも傷付いたままだ。誰も救われやしない”

 アスランに言われなかったら、きっと気付く事は出来なかったと思う。気付こうとすらしなかったと思う。

“俺に根性見せてみろ、キラ”

「…ねぇ、アスラン」
「…何だ?」
「僕、君の言う“根性”見せれた?」

 そのキラの問いに、アスランはようやく顔を上げると、

「…まだまだ、だな」
「そっか、ならもっと頑張るべき?」
「当然」

 読みかけの本をパタンと閉じて、彼にしては珍しい不敵な笑みを浮かべた。
 何だかそれが妙に嬉しくて。
 アスランでよかった――親友が彼で、本当によかった。

「そう言えばアスラン、ミリアリアとも上手くやってるんだね」
「は?」
「いや、だって言ったじゃん。“彼女と話すのは辛くない”ってさ。よかった…」
「…まぁ…な」

 それから。仲間が、友達が。
 彼等でよかった。皆いい人達ばかりで本当によかった。

「…強いでしょ?ミリアリアは」
「…まさか。弱いよ、アイツは…」
「え?」
「…いや…そうだな、悪い……うん、彼女は強いな…」
「アスラン?」

 その時不意にアスランが瞳を揺らし、キラは怪訝に首を傾げる。
 細められた翠緑の瞳は何処を見つめているのか――その顔には、僅かながらに苦渋の色が滲んでいるように思えた。

「……キラ」
「…うん」
「俺は……」
「…うん」
「俺…は…」

 父を…と、言いかけてアスランは口をつぐむ。

「……やっぱり、何でもない」

 それからチラリ、とアスランは一度視線を卓上の写真に向け、溜め息混じりにそう言った。
 その視線の意図に気付いたキラは、どうしようもない歯痒さを抱くものの、しかし何も言えず、ただ閉口するしかない。
 それは別に触れられたくない傷に触れられたからとか、そういう理由ではない。アスランに遠慮をさせてしまったという、その後ろめたさだ。

“お父様ぁっ!”
“父が死にました…”

 父を失ったカガリにも言えない。ラクスにも言えない。
 そして自分にも。今まで信じていた親が肉親ではないと発覚した自分にも、彼はきっと言い難いのだろう。
 父親の――現最高評議会議長、パトリック・ザラに対する想いは言い辛いのだろう。

「…そういえばお前、カガリには会ったのか?」
「え?カガリ?いや…何で?」
「あ…いや、そういえば来てたなぁって。何だ、アイツ会わずに帰ったのか」
「…知らないよ、そんなの。アスランもしかして忘れてた?」
「……ちょっと…」

 本当は、それでも言って欲しかった。カガリに言ったように、例え血は繋がっていなくとも自分の親は今の両親だけだと、だから気にするなと言いたかった。
 けれど言った所で事実が変わるわけでもないし、彼が言わないのなら、自分は追求してはいけない…いつか、彼から言ってくれる日を待つしかない。
 誤魔化すように話題を変えたアスランの言葉を、故にキラは敢えて受け止めると、彼は心なし安心したように表情を緩めた。
 これでいいのだ。
 これで――。気になる心を押さえるように自分に言い聞かせて、笑みを向ける。多少ぎこちなくなったかも知れないが、アスランは気付いているのかいないのか、同じように苦笑を浮かべてくれたから。

「うん、じゃあまた後でクサナギに行ってくるよ。せっかく来てくれたんだし」
「そうしてやれ。喜ぶぞ、きっと」
「うん、アスランも一緒に行く?」
「……遠慮しておくよ。その代わり、ラクスでも連れて行ってやったらどうだ」
「あはは、カガリも少しはラクスを見習え…って?」
「ああ、それはいいな…アイツはちょっと、姫じゃない…」



 彼がもし、誰かを愛したとしたら。誰かを必要としたら。
 その時は誰よりも。
 誰よりも喜んであげるから。



「…アスラン」
「ん?」
「ありがとう…」
「…どう致しまして」



 今この瞬間を。
 僕はきっとずっと、忘れない――。













再び親友の会話。この二人は絡ませると楽しい。



加筆修正・2007/2/16


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