何時も正しくありたくて でも答えなど見つからない 《胡蝶ノ夢》 23:導きの手 平穏――と言えば些か語弊があるかもしれないが、それでもここしばらく、 精神的にも肉体的にも休まる日々が続いているのは事実だった。 「お?今の非番は嬢ちゃんか」 アークエンジェルの、居住区の何処か――通路を歩いていたミリアリアの背に、聞き慣れた声が響き。 名前を呼ばれた訳ではないが自分の事だと理解したミリアリアは、それに応えるべく振り返り、 それから陽気に片手を上げる“兄貴分”の姿を見止め、小さく笑みを浮かべた。 「フラガ少佐…艦長ならブリッジですよ?」 「あぁ、別にマリューに用がある訳じゃないから…」 ムウ・ラ・フラガ――本来ならば転属して居た筈の、アークエンジェルの言わば恩人。 軍を離反した今は階級で呼ぶ必要はないのだが、大半の人間は彼を呼ぶ時に今だ“少佐”という呼称を使う。 ミリアリアもまたその一人であり、しかしフラガが気にした様子も別段なかった。 「それよか嬢ちゃん、これから時間とれるか?」 「え?」 「いや、別に眼鏡の彼でもよかったんだけど、嬢ちゃんが此処に居るって事は、彼は仕事中だろ?」 「あ…はい、えっと…あの……」 背の高い彼が隣に並び、ミリアリアは必然的に見上げる形になる。 ミリアリア自身は自分を背の低い方だとは思っていないが、それでも彼の隣に居ると、何だか無性に自分が子供の様に感じてしまう。 それは多分に彼の人柄のせいであり、また、頼りになるという絶対の信頼と、守られているという無条件の安心感からに違いない。 ぼんやりとそんな事を考えながら、首を傾げ。 彼が自分に用があるなんて珍しい。何時もは大抵、キラや艦長と一緒に居る事が多かった人なのに。心当たりなどある訳もなく、一体何だろうかと思案するように眉を寄せた。 「そんな警戒しなさんなって。別にとって食おうなんて思ってねぇから」 「えっ…そっ、そんな訳じゃ…!」 言葉を濁すミリアリアに、フラガが困ったように苦笑を漏らす。 それが彼なりの冗談だとは分かってはいたが、それでももしかして気を悪くしてしまったのではと、 ミリアリアは慌てて弁解の言葉を口にした。 慌てすぎて、少し声がひっくり返ってしまう。 ああ、何ていうか、恥ずかしい――顔が火照るのが自分でも分かった。 「まぁ、アレだ。単刀直入に言うとだな…嬢ちゃん、ちょっくら俺とキラに会いに行かねぇ?」 「……はぁ…?」 思わず、間抜けな声。 キラに会いに行く?つまりはエターナルに?何故、どうして、また急に? 単刀直入に言われたはいいが、直入すぎて分からない。 怪訝に眉を寄せるミリアリアの顔を、フラガはその身長に合わせるように身を屈めると、心底楽しそうな顔で覗き込んだ。 「いや、キラに…って言うか、俺自身は“砂漠の虎”に用事があるんだがな。 せっかくだし、お前等どちらか暇そうなら連れて行ってやろうと思ってな。まぁ一人で行っても寂しいだけだし? 旅は道連れ、世は情け…ってね」 「…で、非番の私を…ですか?でも、そういうのはやっぱり先に艦長の許可を…」 「もちろんとったさ。“是非とも連れて行ってあげて”だって。お前等ホント、上司に恵まれてるよなぁ」 「……」 行くだろう?と視線で問われ、ミリアリアは口をつぐむ。 行きたくない訳ではなかったし、寧ろ行ってみたいとは思う。キラには会いたいし、一度ラクスとはゆっくり話してみたいと思うし。ザフトの艦の構造が此処とはどれ程違うのかも興味がある。 ただ、自分が行ってもサイは行けないのかと、それが申し訳なかった。 彼だってキラには会いたいだろうし――もしここで自分が断れば、フラガは彼を連れて行くのだろうか、それとも一人で行くのだろうか。もし誘われたのが自分ではなくサイだったとしたら、彼はこの話を即答で受けていただろうか、それとも今の自分のように悩んだだろうか。 自分の中で自問した所で、自答など出来る筈もなかった。 「…でも……」 「…なんだ、行きたくないのか?」 「いえ…そうじゃないんですけど…」 もちろん、行きたいです。 そう言いながら、軽く首を振る。行きたくないのではないと、それだけは主張しておかなければならない気がした。 「私なんかが、本当に行っていいのかな…って」 フラガが訝げに眉を寄せたのを、視界の端に捕えて。ミリアリアは小さく、本当に小さく、溜息をついた。 何を今更、と思われてるかもしれない。素直に頷けばいいのに、と思われてるかもしれない。 何より、こんな曖昧な態度をとる優柔不断な自分自身が、一番嫌だった。 「……」 「……」 互いに黙り込み、そのために訪れた沈黙。 その間ですら胸の中には“行きたい”と“行っていいのか”の二つの想いがぐるぐると渦巻いて、 キラの顔やサイの顔が、交互に浮かんでは消えた。 ――ああ、でも、そういえば… エターナルには、アスランも居るんだ。 彼が尤も大事にしたい二人がいて、そして彼が居るんだ。 “だからラクスがキラと一緒で幸せになるならば、俺は…” そこは今、幸せだろうか。 そんな二人の側にいて、彼は幸せだろうか。 会いたいと、思ったのだ――。 「……ったく」 「へ?」 飛んでいた思考を現実に戻したのはフラガの呆れたような溜息で、 再び間抜けな声を出す羽目になったミリアリアは、気が付けばフラガに腕をとられていた。 つまりは当然、引っ張られる訳で。 振り払う事も突っぱねる事も出来ず、呆気にとられながらも仕方なくついてい行く。 多少足が縺れそうになりながらも――そもそもフラガとはコンパスの長さが違うのだ。 その彼が大股で歩けば、ミリアリアは必然的に小走りになる。居住区特有の重力空間は、フラガにとっては都合がよく、 ミリアリアにとっては不都合なものだった。 「あの…少佐!?」 「もういい、お前、強制連行。上官命令だ、逆らうなよ?」 「上官って…今は上官じゃないじゃないですか!」 「んな事ぁ、今だ階級で呼ぶ人間に言われたくないねぇ?」 「屁理屈ですよ、それ!」 真っ直ぐに、彼の向かう先が格納庫なのは間違い無いだろう。 どうして、と思わないでもなかったが、やはり次第に興奮してしまうのは否めない。 だって本当は、行きたかったのだから。 だって本当は、会いたかったのだから。 だからそれが現実に叶うのは、やはり本当は嬉しくて仕方がないのだ。 「行きたいんだったら…」 既に手配していたのだろう。格納庫に着くと、そこには小型のランチが用意されていて、 フラガがそれに乗るようにとミリアリアを促す。 促しながら、苦笑交じりに言った。 「行きたいって、それだけでいいだろうに、あれこれ余計な事を考えるなよ? 結局答えだなんてのは、結果を見てみなきゃ分かんねぇもんだしな」 「…少佐…」 「…ま、つまりは自分のしたいようにやれって事だ。若いんだしな、お前等」 「さ、行くぞ」と、それからフラガは前を見据える。つられてミリアリアも視線を前方に向けて。 少しだけ楽な気分になって、小さく笑みを漏らす。 後ろめたい気分は拭えなかったが、それでも今は、どちらかというと期待の方が大きい。 もし会えたら、彼は――彼等はどんな表情をするだろう。 驚いてくれるだろうか。喜んでくれるだろうか。 「少佐、親父臭い…」 「親…っ!?」 だから今はとりあえず。 この少しおせっかいな“兄貴分”に感謝をしよう。 恥ずかしくて、素直にお礼は言えないけれど――。 アスミリの接触をつくらないといけないので、やっぱり。 フレイが地球軍に保護されて核が使われるまで、その間2ヶ月あるそうで、そこだと思って下さい。 加筆修正・2007/3/11 BACK / TOP / NEXT |