昨日の友は今日の敵 昨日の敵は今日の友 《胡蝶ノ夢》 24:初めまして フワリと地面に降り立った。 見上げればそこは見知らぬ格納庫で、そこに居るのも見知らぬ人ばかりで。 ――ああ、来ちゃったんだ 不思議な感動に包まれて、まだ夢のようだと頭の片隅で思う。 エターナル――永遠の名を冠する船。 呆然と辺りを見回す自分の横に事の発端であるフラガが同じくフワリと降り立って、彼を見上げればただただ満足気な笑みを浮かべられるだけ。もう一度格納庫の中に視線を戻し、この景色を忘れないようにと、ミリアリアはその様子を目に焼き付けた。 「ようこそいらっしゃいました、ムウ・ラ・フラガさん。それから…」 ふと声が聞こえ、ミリアリアとフラガはそちらに視線を向ける。 向けた先、見えたのはまずピンクの長い髪で、声の主がかのラクス・クラインであると認識したミリアリアは心底驚き、目を見開いた。 確かに、会えればいいなと思っていたし。 確かに、会える状況ではあるのだけれど。 まさか彼女自らが迎えに来てくれるとは、一体誰が思うだろうか。 「ミリアリアさん…ですわよね。初めまして、ラクス・クラインですわ」 「えっ、あ…は…初めまして、ミリアリア・ハウです」 反射的に答えたミリアリアは、目の前の彼女がさもおかしいとばかりにくすくす笑い出した事に不安を抱く。 自分は何かおかしい事でも言ったのだろうか。いや、言ってない筈だが。 思わずフラガを見上げれば、彼も苦笑を浮かべて肩をすくめるだけで、説明をしてくれなければ弁明もしてくれない。 困惑はますます募り、とうとう堪えきれなくなったミリアリアが「あの…」と発した声に被さるように、ラクスが「すみません」と、今だ笑みを浮かべたまま言葉を発した。 「初めまして…もおかしいですね。私、以前あなたにお会いした事がありますもの」 暗に、アークエンジェルの事を指しているソレは。 ミリアリアにとってはあまり良くない記憶であったし、彼女にとっても気持ちの良い思い出ではないはずだ。それにも関わらず、彼女は何事もなかったかのように口にするものだから、ミリアリアは返答に困って頷く事すら出来なかった。 「嫌な思い出言ってくれるなぁ、姫さんも」 「あら、そうですか?私はそう思っていなかったのですが…」 それより、参りましょうか。 フラガが僅かに苦い顔を浮かべたが、それもまた何事もなかったかのように受け流した歌姫は、2人を促すように体の向きを変えた。 彼女の後をフラガが続き、ミリアリアはそのフラガの後に続く。 はぐれないようにしっかりとその後ろ姿を確認しながら、やはり物珍しさにキョロキョロと視線を動かし。 自分は今からどこに向かうのだろうかと、そこに友人である2人がいるのだろうかと、高揚する気持ちを押さえるように、ミリアリアはギュッと己の胸を押さえた。 「バルトフェルド隊長は艦長室の方にいらっしゃいますわ。ご案内致しますか?」 ラクスがフラガに振り返り、そう訪ねる。 「坊主達は?」 その問いに、フラガがそう聞き返す。 「キラ達は今部屋の方に居ると聞きました。私とミリアリアさんは、そちらに向かおうかと思っているのですが…」 「ああ、じゃあいいわ、別に。虎さんに用があるのは俺だけだし、嬢ちゃんだって坊主達に会う方が嬉しいだろ」 「分かりました。お気を使わせてしまって申し訳ありません」 「いいっていいって」 気がつけば、前の二人は立ち止まり。 つられてミリアリアも立ち止まる。何となくフラガを見上げ、その視線に気付いたのかそうでないのか、どちらにせよこちらを振り返ったフラガは、 「じゃあそういう事だから、嬢ちゃんは姫さんと一緒に行けよ。帰る時は通信でも寄越すから、ま、楽しんで来い」 そう言って、再びラクスに向き直った。 一方のラクスといえば、一度ミリアリアに微笑みかけると、 「後ほどそちらにも伺わせていただきますわ。キラもあなたに会いたいでしょうし」 「ああ、分かった。待ってるよ」 フラガと言葉を交わし、軽く地面を蹴ってミリアリアの側へと近付いた。 ピンクの髪が揺れ、その横顔を見つめ、やはり彼女は人形のように可愛らしい人だと、ミリアリアは思った。 「じゃ、また後で」 フラガが手を振りながら、背中を向ける。 話の流れから彼が艦長室へ向かう事も自分達が違う所へ向かう事も分かっている――彼を見送り、襲ってくる緊張はラクスと2人きりだからか、或いはすぐそこに迫っている再会の為か。 「あの…ラクスさん」 「何でしょう?」 ああ、心臓がドキドキする。こんなにドキドキしたのは何時振りだろうか。 「あ…いえ、あの…アスランと…アスランとキラって、一緒に居るんですか?」 タンッと地面を蹴り、再び歩みを進めながら。ミリアリアの問いに、ラクスは再びクスクスと声をたてて笑った。 「ええ、お二人は大抵いつも一緒ですわね。部屋も一緒ですし、同じパイロット同士ですから仕方ないのでしょうけど、少し妬けますわ」 「そうなんですか」 「ええ、もちろんアスランは色々気を使っては下さりますけど」 恐らく、キラとラクスに――だろう。本当に2人を大事にしているのだと実感して、その様子を思い浮かべる。そうすれば、いかにもな嘘をついてその場を辞するアスランの姿が容易に想像出来て、ミリアリアは知らず笑みを漏らした。 「それにしても…」 ラクスが言う。 その言葉に、笑みを浮かべたまま首を傾げたミリアリアの目を真っ直ぐに見つめ、彼女は優しく目を細めた。 「ミリアリアさんは、アスランの名前を先におっしゃるのですね」 「……え?」 一瞬、何を言われたか分からずに。 呆然とするミリアリアの前にラクスが回り込み、2人はそのまま歩みを止めた。 僅かに屈んでミリアリアを見上げるラクスの瞳をただ見下ろして、自分の言葉を思い返す。無意識の言葉を意識するのは、案外とても難しい事だった。 「私が申し上げるのは野暮な事なのでしょうが、キラも言っておりましたわ。あなたとアスランの事…何と話していたかは、私からは言えませんが」 「あの…別にそんなつもりじゃあ…」 そんなつもりとは、どんなつもりだろうか。 「そうなんですか?」 ラクスの言わんとしている事を理解して否定するも、その自分自身の言葉がとても白々しく感じられ、ミリアリアは僅かに頬を染めた。 そんなつもりでは、確かに無かった。けれど彼の名前を先に出したのは、確かに彼を意識していたからに違いない――少なくとも、キラに比べて。もちろん、自覚はなかったけれど。 「ミリアリア」 ラクスが名を呼ぶ。彼女は相変わらずニコニコと笑みを浮かべたまま。 「…と、呼んでもよろしいでしょうか?」 「えっ、あ…は、はい」 「では私の事もラクスとお呼びください」 それから彼女に手を取られて。 「ミリアリア、私はアスランの味方なんですの」 「……はい?」 思わず漏れたのは、間抜けな声だった。 「ですから、アスランの味方なんです」 「え…あの…何の事ですか?アスランの味方って…」 「さぁ、どういう事でしょうね?そのままの意味でとってくださって構わないのですけど」 呆然とするミリアリアの前で、彼女は小さく肩をすくめる。小首を傾げるその姿はとても可愛らしく、さすが歌姫といったところか。 けれどもその表情はどこか小悪魔めいており、ミリアリアはグッと喉を詰まらせた。 言い返す事も聞き返す事も出来ず、ただ閉口。そんなミリアリアの手をラクスは更に強く握り、 「ほら、キラ達も待っていますし、行きましょう?」 そのまま手を引いて進み出したラクスの、その後ろをミリアリアは必然的に付いて行くような形になり。 揺れる髪を、見つめた。 彼女は、アスランの元婚約者。 その事実を不意に思い出し、だから彼女は先のような台詞を口にしたのかと思うと、胸が苦しい。 彼に近付けたのだと一人で勝手に思い込んで、けれど本当は彼女の方が彼を知っているのではないか。 多分、それは当然の事で。 ――そうだ、当たり前なのに… もやもやする気持ちに、ミリアリアは僅かに目を伏せる。それ故、振り返ったラクスがどんな表情を浮かべていたのか、ミリアリアには知りようもなかった。 「ここですわ」 ラクスが一つの扉の前で足を止める。その隣に立ったミリアリアは一度扉を見上げ、それからラクスを見つめた。 彼女は静かに、人指し指を口元に沿える。その様子はまるで悪戯を企む子供のようだった。 「実は、ミリアリアが来る事を、キラ達には言ってないんです」 「…は?」 ラクスはとても楽しそうにフフフと笑う。そんな彼女に呆気にとられたミリアリアは思わず間抜けな声を漏らした。 思考の渦から一気に現実に引き戻された、とはこんな感覚の事を言うのだろうか。 もやもやした気分など忘れ去り、2度3度瞬いて。 ラクスは相変わらずニコニコととても爽快な笑みを浮かべて立っている。 「あの…でもさっきキラ達が待ってるって…言ってませんでした?」 「それは言葉のアヤですわ」 それじゃあ開けますわね、と彼女はミリアリアの了承も得ぬままに扉へ向かって手を伸ばした。ノックも了承を得る事も一切せずに、迷わずその扉を開く。ミリアリアが止める暇も、それ以前に何か言う暇すらなかった。 あっと思った頃にはすでにシュンという音が辺りに響き。 当然、その向こうにいるのは友人である2人で。 無意識の内に視線を向けてしまうのは、やはりアスランの方だった。 間が開き過ぎて調子とかが変わってしまっているかもしれません。 申し訳ない…。 ちなみにラクスはキラから色々聞いています。 キラはうっすらアスランの気持ちに気付いています。 加筆修正・2007/3/11 BACK / TOP / NEXT |