笑ってくれたりとか


話しかけてくれたりとか


他愛もない事だけれど




それだけでとても嬉しくなる





《胡蝶ノ夢》

25:雑談






 鳩が豆鉄砲を食らったような――とは、呆気にとられている様を表しているという。
 そもそも、鳩が豆鉄砲を食らった時には、ただ羽ばたいていくだけだと思うが。


 とりあえず、それはそういう例えらしい。


 そして現に今自分達を表現するならば、正に「鳩が豆鉄砲を食らった」顔なのだろう。
 ぽかんと口を開けて目の前の人物をただただ見上げる。
 してやったりという表情を浮かべる歌姫と、その横で苦笑いを浮かべている彼女と。

「何でミリィがここに居るの…?」

 ぽつりとか細い声で言葉を発したキラと、同じ状態の自分と。

「あ〜…えっと、遊びに来ちゃいました…」



 いや…うん、それよりもさぁ…君等、勝手に俺等の部屋入って来てさ?
 何もしてなかったからよかったものの?

 せめて、ノックくらいしてくれてもいいんじゃないだろうか…。


 そう思った自分は、恐らく間違いってはいないだろう。















 キラもアスランもお部屋にいらっしゃると聞きましたし、せっかくですし、驚かせるのには丁度良いと思いましたの。
 そう言って可愛らしく小首を傾げたのは他でもないラクスで、それを聞いたアスランとキラは同時に小さく溜息を漏らした。
 確かに、部屋に篭っていたのだから通信でも入れてもらわない限り『ミリアリアが来る』という情報は入らないだろうし。  現にこうやって驚いた訳なのだけれど。
 何と言うか、彼女は時々本当に突拍子もない事を考えると思う。
 更に言えば、その考える事はどちらかというと子供じみた事が多いと思う。
 まぁ、今回は『可愛らしい』で済むような事だったけれど。 その内、きっと惨事を起こしてしまいそうだと思いながら、彼女を見遣る。 その隣ではミリアリアが、物珍しそうに部屋の中を見回し、 僅かに感嘆の声を漏らしてた。

「お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」

 悪戯が成功した事に喜んでいるのか、どこか嬉しそうな笑みを浮かべながらラクスが問う。
 勝手に扉を開けておいて何を今更とアスランは内心で2度目の溜息を吐いたが、 その心情を知ってか知らずかキラがあっさりと承諾の返事を返した。まぁ、もちろん断る理由も無かったのだから構わないのだけれど。
 「ありがとうございます」と例を述べたラクスが、ミリアリアの背を押して彼女を促す。 彼女は困っているような戸惑っているような表情を浮かべ、それからこちらに視線を向けた。
 どうしたらいいのだろう。そう言っている目で、逆にそれが微笑ましく思えて。
 気が付けば、笑みを浮かべていた。

「でもどうしたの?急に…ムウさんかマリューさんと一緒だよね?」
「え?あ、うん。少佐が連れてきてくれたの。私、丁度休憩だったから、少佐の用事についでにって」

 部屋の真ん中に立ち竦みながら、彼女は小さく首を傾げる。
 そっか、と応じたのはキラ。
 アスランはそんな2人をじっと見つめ――正しくはミリアリアを見つめ。 ふと視線を感じてそちらを見遣れば、ラクスに意味深な微笑みを投げかけられた。
 キラはともかく、彼女とミリアリアの話をした覚えはなかったのだが。 勘のよい彼女の事だから、もしかしたら自分がミリアリアに特別な感情を抱き始めている事を気付いているのかもしれない。 或いは、キラが何か話したか。それは別に恥ずかしくは思わなかったが、何と無く面白くない。


 アスランは確かに自覚していた。


 何を、と言えば、恋心にも似たその感覚を。


 彼女と居ると心地よかった。それはもしかすると自分の様々な想いを吐露しているからかもしれない。
 ただ、気兼ねなくいれるからと、それだけかもしれない。

 けれど彼女が居れば嬉しくなるのは本当で。
 彼女の事を思い出すと切なくなるのも本当だった。


 アークエンジェルとエターナル。その近くて遠い距離では滅多に会う事などなく、 一体何度、その姿を思い描いただろうか。
 初めて会話をした時の事。
 思わず抱き締めた事。
 怒鳴りつけてしまった事。
 通信機越しに響く声。
 指折り数えられる程度だけれど、どれも鮮明で色濃く、ふとしたきっかけに蘇る。
 その度に逢いたいと、逢えればいいのにと、静かに、ひっそりと願った。



「キラは、ザフトの服着ないんだね。もしかしたらって、ちょっと思ってたのに」
「ああ、うん。だって僕、あんまり似合わないし」
「そう?そんな事ないと思うけどなぁ」

 そう言って、ミリアリアがアスランに視線を向ける。

「でも、アスランは地球軍の服は似合わない!って感じするよね」
「確かに!…あ、ミリィ、そこ座っていいよ。アスランの隣」

 つられてキラもアスランを見遣ると、それからまたミリアリアに視線を戻し、言葉通りアスランの隣を指差した。
 ちなみに言えば、アスランは椅子ではなくベッドに腰掛けており。
 その向かいのベッドに腰掛けたキラとラクスを見た彼女は―「ラクスも座りなよ」と、キラがラクスの手を引いていた―、戸惑いつつも静かに腰を下ろした。
 キシッと軽く音をたてるベッド。
 アスランと少しだけ距離を開けた彼女は、

「なんか今更だけど、アスランとキラって同室なんだね」
「え?ああ…まぁ」

 アスランに向かって、微笑んだ。

「…何?」
「いや、なんか“ぽい”なぁって」

 その台詞に対してか、彼女の態度に対してか。 照れたように僅かに頬を染めたアスランに、彼女はますます笑みを深くした。
 いいなぁ、何か楽しそうだなぁ。彼女はそう一人ごちる。
 それを聞いたアスランは、彼女がこの艦の乗員であればよかったのにと、ぼんやりと思った。

「それじゃあミリアリアもここに来る?」

 思った瞬間―― キラが冗談めかしてそう言うものだから、アスランは目を丸くしながらキラを見遣った。
 もちろん、彼が自分の心を読んで言った事ではないと解ってはいる。しかし如何せん不意の事であったので、思考を悟られたようでドキリとしたのだ。
 おまけに彼が「ねぇ?」と同意を求めてくるものだから、完全に狼狽したアスランは結局何も答えられずに言葉を濁すだけで。

「まぁ、それなら私も歓迎いたしますわ」

 ラクスがくすくすと声をたてて笑い、自分の横ではミリアリアが困ったように、それでも嬉しそうに笑う。 ラクスとミリアリアがいつの間にそこまで親しくなったのかは分からないが、少女2人が仲良くしている光景はやはり見ていて微笑ましいものだ。

「じゃあ私の代わりにキラにアークエンジェルに行って貰おうかな」
「え、それはちょっと…」
「あら、それではお別れですわね。さようなら、キラ」
「ラクス!?」

 自分が発言せずとも進む会話に、ようやく落ち着きをとりもどしたアスランは。

「あぁ、じゃあディアッカとサイによろしく言っといてくれよ、キラ」
「アスランまで!?」

 流れからして自分も何か言うべきだろうなと、そうして軽口を言う。
 キラが怒ったような拗ねた様な表情を浮かべ、ラクスとミリアリアが声をたてて笑った。
 楽しいと思った。とてもとても安らげた。
 きっとこれが歳相応の空間なのだろう。例えば学校で。例えば休日の街中で。 こうして友人と談笑し、「楽しい」と、そう思える時間を過ごす事こそ、恐らく本来自分達があるべき姿なのだろう。
 今はこうして戦艦の中で、死と隣り合わせの生活だけれども。纏うものは流行の服ではなく、軍服であったけれども。







 それでも何時か本当に。
 平穏な世界で、穏やかな時間の中で。




 笑い合える日が来るといいと、その時は心底思っていた。














終わりが凄く無理矢理なのはいつもの事ですが、今回本当に切り方に迷いました。

これとこれの1つ前の話は全て次の話の為の繋ぎです。なので、大した話じゃないです。
見せ場は次の話だと思っていますので…一応。
1話に纏めてもよかったのですが、視点が変わるのでどうかと思って分けました。



※部屋の構造の都合により22話のアスランが「壁に凭れて」いたのを「ベッドに腰掛けて」に修正。
  大した事ではありませんが、統一しておきたかったので。
  計画性がなくて本当に申し訳ございません。




加筆修正・2007/3/11


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