これは君と僕の秘め事 《胡蝶ノ夢》 26:証明 一体どれくらいの間話していただろうか、時間的には短いと思う。 けれど話していた事は沢山で、とても充実した時間だったように思う。 ミリアリアがエターナルに来て、キラ達と軽く雑談を交わし。 多分、一番盛り上がったのはキラとミリアリアで、ラクスとアスランは専ら聞き手で。 アークエンジェルについて話した。 サイやディアッカ、カガリについて話した。 過去の、それこそ戦争に関わる前の事も話した。 些細な事から大切な事まで。思いつく事は全て話した。 その“話”が、丁度一段落ついた後――。 「……」 「……」 アスランとミリアリアは、互いに無言のまま視線を彷徨わせた。 場所は先程と同じ部屋の中、2人の位置も変わらず隣同士のまま。 視線を交わして、慌てて逸らし、溜息を吐いて。 2人きりだった。 キラとラクスは出て行った。「艦長室に行ってくるよ」と、半ば強制的に2人を残し。 何でもラクスが会いに行くと約束してしまったのだとか、キラが会いたいらしいとか―― とにかく2人は、フラガの元へと行ってしまった。もちろん、アスランもミリアリアも同行すると申し出たのだが。 アスランは、フラガに会う理由がないとキラが言った。 ミリアリアは、フラガに会う必要がないとラクスが言った。 明らかに他意があるだろうその言葉にアスランは当然焦りと戸惑いを見せたが、結局笑顔で押し切られて今こうしてここに至る。合流の場所と時刻だけ告げて部屋を出た時の、あのキラの顔は思い出すだけでも溜息が漏れそうだ。 キラとラクスに敵う筈が無いのだと―色んな意味で―アスランは諦めざるを得なかった。 「あの…さ」 しばらく沈黙していた2人の、その空気を破るように声を発したのはミリアリアの方だ。 視線を向ければ彼女はアスランの方を向いていたが、アスランが振り返った途端にフイッと顔を背ける。 気まずいのだろうか、その理由はアスランには分からないが、その言葉の続きを待つようにアスランは彼女の横顔を見つめた。 「予想はしてたけど…キラとラクスって、すごく仲いいんだね…」 「え?あ、ああ…まぁ」 言われて、アスランは2人の姿を思い浮かべた。 「何か、言葉を交わさなくてもお互いの事が分かっているというか…見てて素敵だなぁって、アスランの気持ち、すっごくよく分かった」 確かにそうかもしれない。自分は、一緒に居ても彼女の考えている事なんて全く分からなかったのに。 思い出に浸り始めたアスランの側で、ミリアリアはクスクスと笑う。 我に返り思わず眉を寄せたアスランに、彼女は「ごめんごめん」と軽く謝罪を述べた。 「でも、何か安心。キラ、すっきりした顔してたから…ほら、ちょっと前だけどフレイの事があった時…アスラン が、キラの事すごく心配してたし」 「あの時は…結構、キラに色々言ったからな」 「喧嘩したの?」 「いや、喧嘩じゃないけど…一方的に…」 「ふぅん…でもまぁ、元気になったんならよかったじゃない」 「ああ。それはもちろん」 そこで会話が途切れて。 先程よりは重くない沈黙が、しかし居心地が良いとは決して言い難く、どうすればいのだろうかと必死に頭を回転させる。 いきなり沢山の会話が出来る程アスランは話上手では無かったし、何より4人で居たときに目ぼしい会話は終了済みだ。 こういう時にキラやラクスはどんな言葉を交わしているのだろうかと想像してみたが、すればする程参考にならない気がしてアスランは肩を落とした。 「ミリアリアは…」 「え?」 何となく名前を呼んで、後悔。その続きなど考えてもいなかったから、結局曖昧に言葉を濁す。 「ああ、いや…ごめん、何でもない」と。軽く頭を左右に振って、小さく息を吐いた。 やっぱり無理にでもキラ達について行けばよかったと、僅かに泣きたい気分だった。 それでも今のこの空間を失くしてしまうのは惜しい事だと、はっきり思っている。 何て時間を無駄にしているのだろうと、自分で自分が嫌だった。 「…アスランってさ、プラントに帰るんだよね?」 ポツリと彼女が漏らした。弾かれたようにアスランは彼女を見たが、対して彼女はこちらを見ていなかった。 それ故彼女の視線がどこを向いているのかアスランには測りかねたが、そんな事は結局どうでもいい事のように思う。 「え?」 「戦争が終わったらさ、アスランってやっぱりプラントに帰るんだよね…?」 戦争がどのように終わるとか、もしかすると無事ではないかもしれないとか。 「さぁ…どうだろうな…」 改めて問われると、分からない。考えていない訳では無かったけれど、それでも答えは曖昧なものになってしまう。 「出来るなら…そうしたいと、思ってるけど」 ただ自分が描く最良の未来での、希望はあった。 「そっか。そうだよね、アスラン達は元々プラントの人なんだし…」 「ミリィはどうするつもりなんだ…?やっぱり…オーブに?」 「どうだろう…多分、そうなるんだろうけど、あんまり意識してなかったっていうのが本音かな」 苦笑を浮かべながらミリアリアは答える。それに対しアスランは、 「でも、俺も似たようなものだよ」とつられるように小さく笑みを浮かべた。 「君の言葉を借りると、『そうしたいけど、 あんまり意識してなかったっていうのが本音』だから」 「何それ、勝手に借りないで欲しいなぁ」 ミリアリアは咎めるような視線をアスランに向けたが、無論本気で怒っている訳ではない。 現に彼女の口元には僅かに笑みが浮かんでおり、しばらくアスランと見詰め合った後、2人揃って噴出した。 別に何がおもしろい、という訳ではなかったけれど。 同時に笑い出した2人はまた同時に笑い終え、その時に奇しくもこれまた同時に大きく息を吐いたものだから、 結局また同時に声を立てて笑った――さすがに揃ったのはこれで最後だったが。 「ねぇ、それじゃあ…仮にね?あくまで仮に…だけど。アスランがプラントに帰って、私がオーブに帰って… その時はさ…またこうやって、会おうね?ていうか、会えるよね?」 その言葉にアスランは考え込むように静かに瞳を閉じた。 自分がプラントに帰って、彼女がオーブに行って、結局は離れ離れになる。所詮は、違う所の人間だ。 今までの生き方や生き場所が、彼女と自分では余りにも違いすぎた。 寂しいと思った。嫌だと思った。 けれどもそれは自分の我侭でどうにか出来る問題ではないし、何もそこまで悲観する事でもない。 居場所さえ分かれば連絡だって簡単にとれるし、それこそ約束すれば会う事だって出来るのだから。 約束――そうだ、それさえしてしまえばいい。現に彼女もそれを望んでいる。 時間にして恐らく一瞬。閉じていた瞳をゆくりと開いたアスランは、それから彼女に微笑んだ。 「ああ、もちろん。今度は俺が会いにいくよ」 数度目を瞬かせたミリアリアは、それから照れたように頬を染めた。 「何か…アスランって、そういう恥ずかしい台詞を臆面もなく言えるんだね…」 「え?あ、そうか?」 アスランはきょとんと首を傾げた。 彼女が何を以て『恥ずかしい』と言ったのか、アスランには分からない。 むしろラクスやキラの方が恥ずかしい台詞をいつも言っているとアスランは思うが、 無論、そんな事はミリアリアに伝わる筈もない。 「とにかく…」 恥かしいのかアスランを直視しないまま、ミリアリアは仕切りなおした。 頬はまだ微かに赤く染まっている。そんな彼女をアスランはジッと見つめた。 「約束ね?破ったら…承知しないんだから」 「…もちろん」 「絶対、絶対許さないんだから」 「…絶対絶対、約束は守るよ」 彼女の様子から、もしかすると以前の“彼”とは何か果たせない約束があったのかもしれないと思った。 もちろんそれはただの憶測だし、自分にだってニコルと約束していた事はあった。 約束というよりも。彼がマイクロユニットを欲しがったから、作ってあげていたのだけれど。 そういえば作りかけのアレはプラントの自室に置いて来たままだと、ぼんやりと思った。 埃とかで、機器が駄目になっていなかったらいいのだけれど。それ以前に、部屋に捜索が入って処分されていなかったらいいのだけれど。 「じゃあ…」 マイクロユニットの事は一先ず頭の片隅に追いやって、アスランはミリアリアに向き直る。 ならば、と思った。思い立った。 軍服の襟をゆるめ、アスランは自らの首に手を回した。不思議そうに見つめてくる彼女の手をとり、握らせる。 「これ、預かってて」 渡したのはドッグタグ。軍人なら必ずもっているソレ。2枚1組の、銀色に輝く小さなプレート。 ザフトの章とアスランの名前、認識番号、それから生年月日や血液型が記載されているソレを、ミリアリアは驚いたように凝視していた。 「え?これ…え?」 「だって、いらないから」 混乱したように声を発する彼女にアスランはやんわりと言う。 「だって生きて帰ってくるのに身元確認なんて、必要ないじゃないか」 ドッグタグは身元の分からない――死体だったり、或いは話せない状態の人間が、一体どこの誰であるかを確認する為に使う。 MS戦で果たして役に立つのか疑わしいものがあるが―何せパイロットごと木っ端微塵だ―、一応軍のならわしとして在籍している間は全員着用が必須。当然アスランだって持っているし、肌身離さずつけているのは最早癖のようなものだ。 いらない、というのは単なる言い訳であっただろう。現にアスランには今、彼女に渡せるものはこれしかなかっただけだ。それでも、彼女が預かっていてくれると考えるだけで、自分も必ず帰ってこようと思えるのも事実であった。 「だから帰ってきたら返して」 そう言って半ば無理矢理押し付けると、ミリアリアはソレを己の目の前にかざすようにして見つめた。 鎖が揺れ、プレートが左右に振られる。 やがてそれが収まってきた頃に、彼女は「分かった」と小さく頷いた。 「ちゃんと預かっておく。ちゃんと返すから…」 「うん」 「着けていていい?」 「うん」 カガリがくれたハウメアの護り石に似ている――けれども少し違う。アレは『死ぬな』とカガリがくれた。コレは『死なない』と自分が預けた。そして約束の証し。 その鎖を首にかけ、服の下へと忍ばせる。そのミリアリアの一連の動作を見つめ。 自分の身に着けていたものを彼女が身に着ける。それだけの事なのに、何だか不思議な気分だった。カガリもこのような気分だったのだろうか。 「ありがとう」 ミリアリアがはにかむように礼を述べた。それから2人は時間を確認するように時計へと視線を向け、 「そろそろ、時間かな?」 「ああ…そうだな」 先に立ち上がったのはアスランだ。今だ座ったままのミリアリアに手を差し伸べるかどうか一瞬悩み、結局差し出す事にした。 彼女は嫌がる訳でも驚く訳でもなく、すんなりとその手を受け入れる。 重ねられた手を離したくない。けれども握り締める訳にもいかないから、せめて彼女から離してくれるのを待った。 「行こう」 それでも彼女は離さない。 いいのだろうか――恐る恐る手に力を込め、ミリアリアが振り払う素振りを見せないのを確認して。 軽く握り締める。そのまま無言の彼女の手を引いて、部屋の外へといざなった。 通路に人影は無い。シンと静まり返り、窓の外には限りなく続く宇宙が見える。自分はソレを見つめるのが好きだった。 彼女はどうだろう。宇宙は好きだろうか。 しばらく進んで、それから扉を一つくぐる。キラが合流に指定したのは格納庫の側にある待機室で、 時刻は多分、合っていると思う。キラ達はまだそこには居なかったが、恐らくもう少し待てば来るだろう。 繋いでいた手を離す。ミリアリアは部屋の中央で周囲を見渡した後、今度は 窓側へ歩み寄ってその外を見つめた。アスランもその後に続いたが、見慣れた格納庫はアスランにとっては何の新鮮味も感じられなかった。 もちろん、彼女はどうか分からないが。 「アスランはクサナギに行った事あったよね?」 「あ?ああ、うん」 「クサナギって、アークエンジェルに近い?それともエターナルに近い?」 「あぁ…どっちかというとアークエンジェルかな。ほら、両方モルゲンレーテ製だから」 「あ、そっか。そういえばそうよね」 他愛ない会話を交わしていると、そこに扉が開く音。 入ってきたのはキラとラクス、それからアスランはあまり面識のないフラガで、 前者2人はアスラン達を見て『やっぱり』といった顔を、後者1人は僅かに驚いた顔を浮かべた。 「少佐!」 ミリアリアの声に軽く手をあげて応じたフラガは、それからアスランを見た。 視線が合ったと思ったアスランは、彼に対して軽く会釈をした。 「いやぁ、まさか本当にここに居るとはなぁ…俺、帰る時は通信寄越すって言ったのに」 「その割にはバルトフェルドさんとえらく盛り上がってましたよね。酔っ払ってるのかと思いましたよ、たかがコーヒーで」 「え…いや、それはキラの気のせいじゃないか?うん」 「どうでしょうね、僕達が行った時には既に話は終わってた癖に、その割には通信の“つ”の字もなかったじゃないですか」 「それは…だなぁ、姫さんが後で来るって言ってたから…だなぁ」 「『あ、そういや来るっつてたなぁ。悪ぃ悪ぃ、忘れてた』…と、貴方は言いましたが?」 「…おいキラ、お前は俺に恨みでもあるのか」 「恨みはないです、一応」 フラガとキラのやり取りを、アスランとミリアリアはただただぽかんと見つめる。 とりあえず、あそこでキラ達がフラガの元へ行かなければ色々何か―というかフラガが―、怪しかったらしい。 その事を見越してキラが待ち合わせを指定したのかは分からないが――恐らく偶然だろうが、とにかく色々―というかミリアリアが―、彼のおかげで助かったらしい。 「酷い、少佐…私の事忘れてたんだ…少佐が連れてきたくせに」 ミリアリアが言う。恐らくキラに合わせる為だろう、その口調は少々演技がかっており、明らかに本気で言って いないのは一目瞭然だ。 そんな彼女にフラガは慌てて否定しようとしたが、その背後で再びキラが「やだ、少佐ってサイッテー」と毒づいたので、 結局彼は肩を落として「すまん」と謝った。 その場に笑いが訪れる。キラとラクス、それからミリアリアはさも可笑しいとばかりに笑い、 あまりよく知りもしないフラガに失礼だろうと堪えていたアスランも、やはり耐え切れなくなって小さく噴き出した。 「しっかし、こうやって個人的に話すのは初めてだよな。えぇっと、アスラン?」 「え?あ、はい」 「お前もキラ相手だと大変だろ〜?苦労人同士仲良くしようや、な?今度ゆっくり飲もうぜ?」 「は…はぁ…」 フラガの背後でキラがギラリと睨みつけていた。が、それを認知したのはアスランだけで、フラガは全く気付いて居ない。 頷く事も否定する事も出来ずに曖昧に頷いたアスランは、それでも嫌な気はしなかった。 それは、きっと彼等が特別な存在だからだ―― クルーゼ隊に居た時時は薄情にも気付かなかった、“仲間”という存在の大切さを、最近は本当によく感じるようななったと思う。 「じゃ…まぁ帰るとするか」 「はい」 またな、とフラガが言った。 じゃあね、とミリアリアが言った。 それに応え、アスランは去り行く2人の背中を見送る。 名残惜しいとは思った。本当は呼び止めたかったのかもしれない。けれどもそれが出来る程子供でも、また、大人でも無かった。 「アスラン、ミリィに何か言わなくてよかったの?」 「え?あぁ…別に、また会えるから」 「そっか、そうだね」 最後まで手を振るミリアリアに、柄じゃないなと自覚しながらも小さく振り返し。 ――約束ね?破ったら…承知しないんだから 何も無くなった自分の胸元を握り締め、しばらくその場に立ち尽くした。 また彼女に会う事を、誰より何より望んでいるのは自分だと思う。 余談。 「ねぇねぇ、それよりミリィと何か進展あった?ちょっと詳しく話聞かせてよ」 「…そんな期待を込めた眼差しで見つめられても言わないからな」 それからしばらく、キラに付きまとわれたのは言うまでもない。 フレイやラクスとの関係に散々口を挟んだ事を、実は根に持っているのだな、と思った。 らぶらぶ。 今度は反動で長い。むしろ最長。しかもちょっと最後無理矢理気味ですね; でもドッグタグネタは絶対したかったんですよ!もうずっと書きたくて仕方なかったです(笑) アスランはザルだと思います。フラガより強いと思います。反対にキラは弱い。 加筆修正・2007/3/11 BACK / TOP 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