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いつかそれすらも思い出になるのだろう 《胡蝶ノ夢》 27:閑話 どのくらい経ったのだろうか。あの日から――ミリアリアがエターナルに行った日から、やはり時間は以前と変わりなく進み、今日もまた恐らく何処かで人の命が散っているのだろう。けれども自分達の周りは相変わらず平穏で、いつまでもこんな時間が続けばいいのにと思う気持ち半分、このままではいけないと焦る気持ち半分。 ぼんやりとした思考のまま、食堂の机にまるで脱力したように上体を預け。 意識する訳でもなく、胸元を弄んだ。 最早癖のようなものだ。何か考える時もそうだったし、暇を持て余している時もそうだった。何時からかと言えば矢張りエターナルに行った後からで、その原因というのもエターナルにあった。 弄ぶ、その手の内には。 「何してるのかしら?」 「か…艦長!?」 声をかけられて慌てて身体を起こす。正面に立つのは他でもないこの艦の最高責任者であり、驚きに目を丸くするミリアリアを他所に、彼女は「ここ良いかしら?」と尋ねるとそのまま腰を下ろした。 にこりと綺麗に微笑む彼女は、同性から見ても魅力的な女性だと思う。見惚れるようにしばらく呆けていたミリアリアは、しかし、いきなり上司に話しかけられるという現実に混乱を隠せないでいた。何か言うべきかと口を開くものの言葉が見つからず、戸惑いに視線を泳がせれば、そんな様子を黙って見つめていた艦長ことマリュー・ラミアスはクスクスと小さな笑い声を漏らした。 「あの…艦長…?」 「ああ、ごめんなさい。別に用があって声をかけたんじゃないの。ただ貴女が一人でボーッとしてたから、少しお話でもしようかと思って。迷惑だったかしら?」 「あ、いえ。そんな事は」 ない、とまでは言わずとも伝わるだろう。中途半端に言葉を切ったミリアリアはちらりとマリューの手元を一瞥した。 別に食事を採る訳ではないらしい、だからと言ってミリアリアを探していた風でもなかったから、本当にただの偶然だったのだろう。彼女が意味なくここに来る事は珍しい事であったが、来てはいけない訳でもない。彼女にもそういう気分になる時だってあるだろうし、そう言えば彼女は休憩の時はいつもどうやって過ごしているんだろうかと、そんな些細な事を頭の片隅で考える。 ともかく、彼女が目の前に居る事実は何も変わらない。 だからといってすぐに何か話題を見つけられず、そもそも自分から話題を振るべきなのかも分からず、ミリアリアはまた無意識に胸元を弄り始めた。 それでもさすがに無言は不味いかと思い、どうにか言葉を交わせないものかと思考を巡らせながら。 「ミリアリアさんって…」 「はい?」 声をかけられ、視線を向ける。ミリアリアの手は今だ胸元にあったが、マリューがそれを一瞥し、気恥ずかしくなって慌てて手を離した。 別に彼女がその理由を、理由どころか原因すら知っている訳ではないのだけれど。 手の内にあるのが、まさかアスランのモノだなんて。 何と思われるだろうか。彼女の事だからからかいはしないだろうが、軽薄だと思われないだろうか。そんな不安は拭えない。 「最近ここ、よく触ってるけれど。何かあるのかしら?怪我でもしてる?」 そう言ってマリューが自身の胸元を指差して、首を傾げた。思わず心臓が跳ねたのは、その話題がまさに思考の渦中だったからか、それとも彼女の反応が気になるからか、或いは。 「…そんなに触ってますか?」 「う~ん、そういう風に聞かれると困るわね…私がそう思っているだけかもしれないし」 「そうですか…」 閉口した後、ミリアリアは僅かに視線を彷徨わせる。何と伝えるべきか言葉を探し、それ以前に彼女に伝える必要性があるのかどうかを探した。相手は特に親しい訳でもない年上の女性だったし、けれども艦内に居る数少ない女性でもあった。仲の良い同級生のほうが話しやすい気もしたが、同性である彼女の方が理解はしてくれそうな気もした。 アスランに、預けられて。 それを自分が肌身離さず身に付けているのは、失くしてしまわないようにする為で、ならばそれに触れるようになったのは。 その存在を、確かめたいからだと思う。 そしてそれが確かに存在する事に安堵する。これがある限り自分はアスランと繋がっていて、そして交わした約束にすがる事が出来る。 アスランの笑みを思い浮かべて。 また会えると、自分で自分に言い聞かせる事が出来るこの存在は、自分にとってはとても甘美なものだった。 「だけどね、何かその仕草見てると思い出しちゃうのよね」 「え?」 だってこんなにも、自分は。 「…ずっとね、貴女と話がしたかったの。貴女にとっては辛い事かもしれないから、中々言い出せなかったんだけど」 「…何ですか?」 マリューは、ともすれば無理矢理笑みを浮かべているとも言えなくもない表情で、ミリアリアを見つめる。 何と無くの予感はあった。 彼女が何を話したいのか。ヘリオポリスの事、キラの事、フレイの事――彼女が自分達に対して抱いているだろう負い目は沢山あるけれど、ミリアリアに対して抱いているだろう負い目は“彼”の事以外に心当たりなどない。 「…私もね、昔の話だけど」 言いながら、マリューはそっと己の胸元に手を添える。それは、ミリアリアがしていた仕草とどことなく似ているようで。 「恋人が居たの。MA乗りだったわ」 ハッとしたように、ミリアリアはマリューの顔を見つめる。彼女は淡く微笑んでいた。 だけど、還ってこなかったの。そう続ける彼女の声が、どこか遠くで響いているようにすら聞こえる。 「私も彼も、ちゃんと士官学校を出て軍人になったから。貴方達とは、やっぱり状況も違う訳だし…私も貴女と同じなのよ、とは言えないわ。 でもね、やっぱり凄く悲しかったし、何で彼が死ななきゃならなかったのかって、見も知らぬ相手を恨んだりもしたわ」 「艦長…」 「トール君が…その、MIAになった時。貴女の事を見て、昔の私を思い出したりもしたわ。貴女の気持ちも分からないでもなかったから、ディアッカ君との騒動は仕方の無い事かもしれないと思ったし、正直アスラン君がこちらに来た時は、もっと大きな騒動になるんじゃないかとも思った」 「済みません…」 「謝らなくていいのよ?別に、咎めてる訳じゃないもの」 そっと、また無意識の内にミリアリアは胸元を握り締めていた。 何故この艦の人は皆、こんなに優しいのだろう。申し訳ない程に皆が気をかけてくれる、それに自分は応えられている自信もないのに。 キラも、サイも、ディアッカも、フラガも、マリューも――そう、誰もが同じように。 だけど彼だけは。彼も優しかったけれど。だけど。 「艦長」 ミリアリアの呼びかけに、マリューは僅かに首を傾げた。促すようなその動作に、ミリアリアは決心するように一度大きく息を吐いて。 私、今は――。 告げる眼差しは揺るがない。 「私、今はもう、きっと艦長達が思ってる程後ろ向きじゃありません。ちゃんと前を向けていると思います」 マリューは一度驚いたように大きく目を見開いて、それから「そう」と小さく、けれど嬉しそうに呟いた。 トールの事は確かに今も好きで、居なくなった事は素直に悲しい。だけど今彼を想う感情を恋かと聞かれればそれは違うのだ。 上手くは言えない。ミリアリアは自分の感情を正しく理解出来るほど、まだ大人ではなかったから。 それでも、過去より現在の方が大切であるのは確かな事で、戻りたいと思うよりも進みたいと思う気持ちの方が大きいのも確かな事であった。 そうしてミリアリアが描く未来の中で、一番最初に思い浮かぶのは。 「アスラン」 「え?」 「アスランと、約束したんです。また会おうって。だから私、とりあえずはその日の事を楽しみにしてるんです。約束、破る訳にもいかないから」 「…そうね、約束したのなら」 ミリアリアの口からその名が出た事に対してか、或いは単にいきなりの話題に驚いただけなのか、マリューは僅かに目を見開いたが、だからと言ってミリアリアとアスランの間に何があったのか、彼女は決して追求してはこなかった。 ただ2人にとって大事な遣り取りがあったのだろう、それだけを察したように、やはり彼女は母のように姉のように静かに微笑んで。 「未練がましいのは、私だけだったみたいね」 「え…えっと?」 「ほら、言ったでしょう?“思い出しちゃう”って。昔の恋人が亡くなった時にね、私もよくそうしてココ触っていたのよ。今もしているけど、ロケットペンダントをね」 言いながらマリューが指差したのは、当然ながら己の胸元。 「だから貴女も、トール君から貰ったものでも気にしているのかと思って。だけど話を聞く限りじゃ、もしかしてアスラン君のものかしら?」 そしてミリアリアは、言われた言葉に頬を赤く染めて、それから居心地が悪そうに視線をあちこちに彷徨わせた。その仕草が何より肯定を表しているのだと、ミリアリアは動揺のあまり気が付かず。 クスクスクスと、マリューが笑う。いやね冗談のつもりだったのに、図星だったの?ますます頬を赤くしたミリアリアに、いよいよ彼女は耐えられなくなったように小さく肩を震わせた。 マリューに悪気はなかったのだろう。こんなに素直に反応されるとは思っていなかっただけなのだろう。 それでも、こんな風に笑われていい気分な筈がない。「艦長!」と咎めるような声を上げたミリアリアに、マリューは慌てて謝罪の言葉を述べた。 「ごめんなさい、つい…あんまり素直なものだから、可愛くて」 「かわ…もう、可愛くなくていいんで笑わないで下さい!」 「ふふふ、いいじゃない。大人から見れば貴方達はまだまだ可愛い子供なのよ」 「…艦長、年寄りくさいですよ」 何だか似たような事を、以前フラガにも言ったような気がするが。 年寄り、と言われて僅かに顔を引き攣らせたマリューを、今度はミリアリアが笑う。マリューは恐らく反論しようろしたのだろう、口を開きかけ、けれども結局は諦めたように苦笑交じりの吐息を漏らした。 「じゃあ、私はそろそろ戻るわね。ごめんなさいね、大した用事でもなくて。本当は年上らしく有難いお話でも一つ、聞かせてあげられたら良かったんだろうけど」 「いえ、そんな事…私、艦長とお話出来て楽しかったです」 「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいわ」 立ち上がったマリューは、そのままヒラヒラと手を振りながら部屋を出て行く。忙しいだろうにそんな素振りを見せない彼女は、矢張り凄いと思う。 見上げるように彼女を見送りながら、そうしてその姿が見えなくなった後、ミリアリアはマリューに指摘された“モノ”をそっと服の下から取り出した。 ユラユラと揺れる銀色の光を見つめ、考える。自分が言った言葉を思い出しながら、思い描くのは屈託なく笑う“彼”と、静かに笑う“彼”の姿。もう二度と逢えない“彼”と、もう一度逢いたいと思う“彼”の姿。 “今度は俺が会いにいくよ” “絶対絶対、約束は守るよ” “帰ってきたら返して” 彼はとても優しくて、だけどその優しさは真綿で包み込むような優しさではない。そっと手を差し伸べてくれるような優しさで、だからミリアリアはそんな彼の優しさがとても心地よかったのだ。 手を取ってもいいと思った。そうして、時に手を差し伸べられればいいと思った。 多分に、自分はアスランの事が好きなのだろう。 握り締めた約束の証は、何時の日か自分の手から離れてしまうのだろうけれど。 ミリアリア自覚編。マリューさんが初出。 好きな人から貰ったものって、無意識に触っちゃうよねって話。 BACK / TOP / NEXT |