C.E.71、9月23日。 「ボアズ攻略戦」。ピースメーカー隊による核攻撃が行われ、ボアズ陥落。 同年、9月26日。 「第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦」。プラント本国への核攻撃が行われるが、介入してきたラクス・クラインらによって阻止される。ZAFTは「ジェネシス」使用。第一射で連合の戦力の40%以上を撃破。 誰かが言った訳ではない。だけれど誰もがそう思っていた。 『きっと戦いは終わるだろう』 それがどのような結果を招くのかは分からない。地球軍が勝つかもしれないし、ザフト軍が勝つかもしれない。出来るならばそのどちらかに偏る結果は避けたい所ではあったけれど、未来など所詮不確定なものであったから、予想などつけようもない。 地球軍の核兵器の導入、ザフト軍のジェネシスの使用。そのどちらも最終兵器であって――これで決着がつかなければ、いよいよ人類に明日など存在しないだろう。 “終わるのだろう”というのは推測ではなくて、もしかすると“終わって欲しい”という願望の表れであったのかもしれない。 《胡蝶ノ夢》 28:願わくば 「少し、話がしたくて…いいかな?」 珍しく消え入りそうな声てそう言ったのは、金色の髪を持つ少女――カガリ・ユラ・アスハ。 エターナルの静かな通路を、歩いている時だった。 「え…ああ、何?」 自分の少し後ろで足を止めた彼女にあわせるように、アスランも立ち止まり振り向いた。 怪訝に眉を寄せるアスランを、カガリは窺うようにちらりと見上げる。普段は強気な彼女の大人しい姿は何とも違和感を感じるが、だからこそ、それ程真剣な話なのだろうとアスランは身構えた。まさかこのような態度をとって、冗談を言う程彼女も暇ではあるまい。 あの、その、と言葉を濁す彼女に、首を傾げて先を促す。おどおどと視線を泳がせた彼女は、それから意を決するように大きく息を吸った。 エターナルで、モルゲンレーテの技術者であるエリカ・シモンズよりジェネシスの説明があったのは、数十分前の出来事だ。 その場に居合わせたのはバルトフェルドとラクスを含むエターナルの艦橋クルーと、マリューにカガリ。パイロットであるアスランとキラは、その直前まで出撃していた為に、その場に合流したのは概ねの解説が終わってからだ。 悠長に構えていられない事態になっているのは、そもそもボアズに核が撃ち込まれた時から分かってはいたが。 誰もが口を固く引き結び、眉間に皺を寄せ、重い沈黙がその場を支配した。どうするべきなのか、どうしたらいいのか。その思考を遮ったのは敵軍の進撃を知らせるアラートで、アスランもキラも各々の機体に向かう為に身を翻し、マリューもカガリも各々の艦に戻る為に身を翻した。 ラクスがキラを引き止め、そして艦橋を後にした所でカガリがアスランを引き止めた。え、と目を丸くするアスランをよそに、じゃあ私は先に行くわねと、一緒にいたマリューが空気を察し、その場を辞した。 人影のない通路。そこにある大きな窓から望むのは、青く美しい地球。ロケーションだけで言えばロマンチックではあったのだが、如何せん戦闘前の心境ではその絶景に浸など出来る訳もなく。 「怒らないで…聞いて欲しいんだ」 「…まぁ、聞いてみない事には、何とも言えないけど」 「うん、それは分かってるけど…」 早く行かないと。こんな所で時間を無駄にする訳にはいかないのに。 頭の片隅でぼんやりとそんな事を考えるアスランは、その焦燥に導かれるように窓の外へと視線を向けた。今は平穏を保っているこの宇宙も、やがては数多の閃光を咲かせるのだろう。自分も、その中へと身を投じるのだろう。 とても不思議な気分だった。思い返せば、戦場に赴く前にこのようにして宇宙を眺めた事など、なかったかもしれない。 「…今度は私も、出る」 そんなアスランの耳に届いた言葉は、本当に要点だけを述べた簡潔なもので。 カガリへと視線を戻したアスランは、「は?」と間抜けな声と共に首を傾げた。 「出るって、何が」 「MSで…戦場に。アスランと、一緒に」 「…お前が?」 「う…ん。その…アスランには、どうしても言っておきたくて」 カガリは俯いて、居心地が悪そうにキョロキョロと目を泳がせた。 ああ、だから――だから怒らないでと、念を押したのか。反対されるのが分かっているから。 ならば最初から自分に言わずに勝手に出撃すればよいものを、何故この少女はわざわざ伝えるような事をするのだろう。どうせ何を言っても押し通すつもりだろうに、何故。言われた自分に、彼女は何をして欲しいと言うのか。 一度開きかけた口を閉じ、そうしてアスランは小さく溜息を漏らした。その僅かな音に、カガリがビクリと肩を揺らす。それが酷く苛立だしくて、誤魔化すようにくしゃりと前髪を掻き上げた。 「あ…の?」 「駄目だって言って、止めるのか?お前」 「え?」 「大人しくクサナギで待ってるのかって聞いてるんだ」 その言葉に、カガリはふるふると首を左右に振る。嫌だ、出来ない。そう言って、キッと強い眼差しでアスランを見上げた。 「だって私には力があるんだ。戦える人間が戦わなくて、誰が戦うって言うんだ」 「その為に、俺達パイロットがいるんだろう?」 「そうだけど…でも!私はアストレイの連中よりシミュレーションの成績だって良かったんだ!だから…」 勢いづいて身を乗り出すカガリを、アスランはゆるゆると首を振る事で遮った。不満そうな表情を浮かべる彼女を咎めるように、スッと目を細めて。 「そういう事は、言わない方がいい」 仮に、それが例え本当だったとしても。 「彼等は正規のパイロットで、何度も戦場を渡ってきている。それをたかがシミュレーションの数字で勝ったからといって自分より下に見るなんて、失礼だ」 「そ…れは…でも」 「でも、何だ?シミュレーションの成績が良くても戦場で散っていった仲間を俺は沢山知っているし、もちろんその反対だって知っている。戦争は数字で計れる程、単純なものじゃないぞ」 カガリは口を噤んだ。理解はした、けれども納得は出来ないのだろう。少しでも力になりだいのだ、だけど自分にはラクスのように冷静に戦況を見渡せる技量もなければ、エリカ・シモンズのように皆をサポート出来る知識もない。出来る事といえば、このぐらいしか。 分かっている、自分を守ろうと犠牲になった父の事を。そんな自分を支えようとしてくれる沢山の人を。だけど自分は、ただ指をくわえて全てが終わるのを大人しく見守っているだけなど、我慢ならない。 「俺は別に、止めたいんじゃない」 「え?」 そんなカガリの心境が、手に取るように分かるから。 溜息交じりに告げたアスランの言葉に、弾かれたように顔をあげた。 「ただ、覚悟はあるんだろうなと、それだけを聞きたいんだ。目の前で仲間が散るかもしれない覚悟、敵とはいえ人の命を奪う覚悟、死と隣り合わせの場所に身を置く覚悟。そして、それを乗り越えてでも生きるという覚悟」 「…ある。覚悟は、してる。私は私が決めた事に、後悔なんてしない」 「口で言うのは誰にでも出来る、簡単な事だ。甘く見るんじゃない」 「だけど、口で言うしかないじゃないか。言っても伝わらないけど、言わなかったらもっと伝わらないだろ」 真っ直ぐに見つめるアスランの瞳を、カガリもまた、真っ直ぐに見つめ返す。しばし視線を交え、彼女の瞳が揺ぎ無いものだと悟ると、アスランはフッと瞳を和らげた。 分かったよ、と息を吐く。分かった、なら自分はもう何も言わない、と。 ただ―― 「自分の身を守ることを一番に考えろ。俺はお前を、守ってやれないから」 「!わ…分かってる!それくらい!見てろよ、むしろ私がアスランを守ってやるんだからな!」 「ああ、まぁ期待はしてないけどな」 何だと、とカガリが拳を振り上げる。アスランはそれを笑いながら手で受け止めると、今だ騒ぐ彼女をよそに、そっと静かに目を閉じた。 思い描くのは、ここには居ない少女の姿。 彼女と交わした、再会の約束。絶対破らないと誓った約束――それを守るために。生きなければ、生きて帰ってこなくては。 胸元に手を添える。そこにはパイロットスーツの感触があるだけで何もない、だけど確かに“証”があった。それだけで充分だと思う。それだけで、自分は戦えると思った。 アスラン、とカガリが訝しむように眉を寄せその名を呼ぶ。ハッと我に返ったアスランは目の前のカガリを見下ろしながら、ああ、と気の抜けたような声で応えるように呟いた。 「アスラン?どうし…」 「アスラン!」 どうしたんだ?と問おうとしたのだろう。その、覗き込むように見上げてくるカガリの言葉に被るように響いたのはキラの声で、2人は揃って声のした方向――丁度カガリからすれば背後にあたる方向を振り向いた。 「カガリも…2人とも、まだこんなとこにいたんだ?」 「ああ、キラ。ラクスの用は済んだのか?」 滑るようにして近付いてきたキラは、カガリの隣まで来るとトンッと地面に足をつける。ニコリと微笑む彼に、アスランは答えの分かりきっている質問を投げかけた。敢えて内容は聞きはしまい。アスランとてそこまで無粋ではなかったし、何となくではあるが予想も出来る。ラクスが“ラクス・クライン”ではなくただの少女の“ラクス”としての言葉を、恐らく彼女は伝えていたに違いない。 ああ、うん。そうアスランの言葉に頷いたキラは、アスランとカガリを見比べると首を傾げた。何の話をしていたのと尋ねるキラはまずカガリを見遣ったが、そのカガリがアスランを見遣ったものだから、結局目線はアスランの方へ。結果、自然と視線を集めることになったアスランは、自分で答えればいいものをと胸中でカガリに悪態を吐くと、 「カガリが、次の戦闘で出撃するって」 溜息交じりにそう言った。 「ええ?!カガリ本気?!」 「本気だぞ!私専用の機体だってあるんだからな!足手まといにはならないから安心しろ」 ギョッと目を剥いたキラに、カガリが間髪入れずに反論する。 何か信憑性の薄い台詞だなぁと、 キラはカガリの言葉を聞いてジトリと疑うような視線を送った。 「何だと!」 「だって君、覚えてないの?レセップスと戦った時も紅海で戦った時も、勇んで乗り込んだスカイグラスパー被弾させて、墜としたよね。“2度あることは3度ある”って言葉知ってる?」 「ぐっ…!」 カガリの脳裏に浮かぶのは、忘れ去りたい己の失態だ。唇を噛む彼女をよそに、紅海って、とアスランは小さく呟いた。自分がカガリと初めて会った時の事か。そう言えば、そんな事もあった――あったのだけれど。 「…“前科”持ち?」 「そうなんだよアスラン、カガリにはいくつも“武勇伝”があるんだ。聞いてくれる?」 「わっ!ちょっ!キラ!余計な事を言うなよ!」 溜息混じりにアスランへと振り向いたキラが、恐らくその時の事を語ろうとしたのだろう。しかし彼が発した言葉は掻き消すようにあげられたカガリの声に遮られ、結局、上手く聞き取る事の出来なかったアスランはその内容を理解する事が出来なかった。断片的に聞こえてきた言葉の中には、勝手に、だの、無断で、だのというようなものがあったような気もするが、それは余り認識したくない言葉だったから、敢えて聞かなかった事にする。 バタバタとキラの前で手を振るカガリは、その“武勇伝”を語る事を諦めたキラが口を閉ざしたと認識するや否や、ジロリと彼を睨み上げ、それからわざとらしく顔をそむけてみせた。 「もういい!先に行く!私だって出撃の準備をしなきゃいけないんだからな!」 そうして彼女は挨拶もなしに身を翻す。フンッと鼻息荒く背を向ける彼女の所作の、どこがお姫様だというのだろう。置いていかれる形になったアスランとキラの2人は呆然としてそんな彼女の後姿を見つめて。 ハッと我に返ったキラが、慌てて彼女を呼び止めた。 「ちょっ、カガリ!」 「何だ!まだ何かあるのか!」 振り返った彼女は、それこそ今まで彼女を引き止めていたのはこちらだと言っているようであったが、今まで何かあったのはむしろそっちの方じゃないか、とアスランは内心で思った。が、あくまでそれは内心に留めておいて。 ブズッと顔をしかめる彼女に、呼び止めたキラは反してニコリと微笑んだ。その穏やかな表情に、険しい表情をしていたカガリも毒気を抜かれたようにキラを見つめ返す。しばしの沈黙の後、また後でね、とキラは静かに口にした。 「え?」 「また後で、戦場で。頼りにしてるよ、カガリ」 それは仲間として認めているという意味だ。彼女の出撃を認めているという意味だ。 最初は呆然としていたカガリも、段々とその意味を理解して、その顔に笑みを浮かべる。ああ、と頷いた彼女はキラを見てアスランを見て、それからまたキラへと視線を戻し、また会おう、そう力強く言い残してその場を去った。 残された2人は彼女の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くし、 「僕達も行こうか」 「ああ」 その言葉を合図とするように、2人揃って地を蹴った。 半重力の中、同じ方向を見据える。頑張ろうね、頑張ってね。そんな言葉など、もういらない。相手の決意や意気込みなど、聞かなくとももう分かるのだ。 「アスランはさ」 「え?」 「アスランのしたいようにすればいいと思う。僕やラクスの事、気にしないで」 「何を…?」 トン、と足を止めたキラに倣うようにアスランも足を止める。 怪訝に眉を寄せたアスランに向かって、キラは微笑みながら首を傾げた。 「引き金を引くだけが、戦争じゃないでしょ?」 『核とジェネシスを一緒に相手にするなんざ、冗談じゃないぜ』 モニターに映る、赤いパイロットスーツを着ている少年が、さも面倒だとばかりにそう愚痴を漏らした。 出撃前、艦長不在の艦橋にて。 何で自分は今この状況で彼と言葉を交わしているのだろう、そんな事を思わなくも無い。溜息とともに顔をしかめたミリアリアは、じゃあ止めれば、少年に向かってそう言い放った。その瞬間の彼の慌てた顔といったら、間抜けにも程があったと思う。おい、と呼びかける声を無視して通信を切って。 「う、そ。冗談よ」 呆気にとられているだろう相手に、再度通信を繋げる。 案の定、相手――ことディアッカは、ぽかんと口を開けてこちらを見つめていた。それが何だか居心地が悪くて、その視線から逃げるようにフイッと画面から顔をそらす。 こういう時に本当な何と言うべきか分かってはいたけれど、それを素直に伝えるのも気恥ずかしい。特にディアッカが相手では。 ちらり、と横目で画面を見遣ると、彼はこちらの言葉を待っているようで。 「…死なないって」 『え?』 「死なないって、言ってたじゃない。ちゃんと守りなさいよ、その言葉」 高圧的な物言いになってしまったのは、この際仕方が無い。 ディアッカは最初こそ目を丸くしていたが、その意図が分かったのだろう、すぐに微笑むように目を細めた。当たり前だろ、と自信満々に言うその様が何とも彼らしくて、ミリアリアは僅かに頬を緩めた。 あと何度、こうしてパイロット達を見送る事になるのだろう。 例えばこれが最後であったとして、その時自分はどうなっているのだろう。笑っているのだろうか、泣いているのだろうか。またもや無意識の内に胸元にそっと手を添えて、見えない未来に想いを馳せる。 そんな自分に向かって、ミリアリア、と、ディアッカが短く名前を呼んだ。 『プラントにさ、すっげぇ美味いケーキ屋があんの。しかも値段も安くてさ』 「は?何?いきなり何なの?」 『いや、今度さ…皆でそこ行きてぇなぁって思って。キラとか甘いモン好きそうだし?』 「ディアッカ…」 『それで…』 不自然に、ディアッカが言葉を区切る。言おうか言わまいか。彼の心の内ではそんな僅かな葛藤がなされるも、当然ながらミリアリアがそれに気付く筈もない。今度はミリアリアが、ディアッカ、と、そう短く彼の名を呼んだ。 その声にようやく決心をしたのだろう、ディアッカはその顔に僅かな笑みを乗せて。 『プラントにもいい所は沢山ある。そりゃあ地球ほどじゃないと思うけど、景色が綺麗な所とかさ…アスランに頼んで、連れてって貰えばいい』 「…え?」 その言葉に、ミリアリアは思わず目を見開いた。一瞬、何を言われたのか分からなかったのだ。 アスランに、とディアッカは言ったか。だけど、何故急にその名が出てくるというのか――まさか、彼は自分の気持ちに気付いているのだろうか。そんな会話などした事がなかったというのに。そんな素振りも、見せたつもりはなかったというのに。 唖然とする彼女の視線の先、モニター越しのディアッカは、そんなミリアリアに一体何を感じたのだろう。小さく肩をすくめる様子は、どこか納得しているようで、どこか寂し気でもあった。だけどもそれはほんの一瞬の事で、ミリアリアが気付く事はなく。 『何せ父親はプラント最高評議会議長、自身は元ザフトのトップガン。金なんて掃いて捨てる程持ってんの、お前がちょっと可愛らしく“奢ってアスラン!”って言えば、きっと全額負担してくれるぜ?』 「……は?」 『まぁ、お前の色仕掛けがアスランに通用するかは別問題だけどな〜。何せ相手はあのラクス・クラインの元婚約者!あのお姫様と比べられたら誰だって可哀想に思えるぜ』 「……ちょっと…」 『ま、せいぜい頑張れば?俺でよければいつだって相談に乗るぜ?』 「………」 この男は、何故性懲りもなくこんな下らない事を。 一瞬前に、この男の身を心配した自分を愚かだと思う。こんな男は死ぬ筈がない。きっと彼は、図太くしぶとく生き残る。 馬鹿にされてるのか励まされてるのかは分からなかったが、兎に角ナーバスな気分が吹き飛んだのは間違いない。モニターの向こうではディアッカがまだ何か言っているようであったが、何だかそれに応対するのも億劫になって、インカム越しに聞こえてくる声を右から左に聞き流しながら、相手に気付かれないように小さく溜息を吐いた。 こういう時に、アスランならば。 気の利いた言葉の一つや二つでも言ってくれるのだろうに。不器用で、口下手ではあるけれど、そんな彼なりに一生懸命言葉を選んで、伝えようとしてくれるのだろうに――いや、これが多分にディアッカなりの優しさなのだろうが。物凄く癪に障るのには変わらないのだ。 比べてどうする、アスランはアスランだしディアッカはディアッカではないか、と思うが――軟派なアスランも硬派なディアッカも、想像するだけで恐ろしい――、ああでもちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいから、彼の声が聞きたいと思った。 『…い、おいミリアリア。聞いてるのか?』 「五月蝿いなぁもう…そろそろ本当に切るわよ。アンタも私も暇じゃないんだから」 『分かってるよ。んだよ、つれねぇなぁ…』 「何か文句でも?」 『べっつにぃ』 別に、本当に煩わしくてそう言った訳ではない。ミリアリアにもディアッカにも、持て余す暇など本来ならば無いに等しいのだ。 きっかけはミリアリアではあったが、彼もそろそろ潮時だとは思っていたらしい、不満そうな態度を表に出してはいたものの、特に反対する訳でもなく、面倒臭ぇなと悪態を吐く姿は、むしろミリアリアに同意しているようでもあった。 じゃあね、と一応の挨拶を口にしたミリアリアに、ああ、とディアッカが頷いて、さて通信を切るかとミリアリアは端末に手を伸ばす。こういう場面で先に通信を切るというのは簡単なようで若干の勇気を必要としたが、遠慮しても仕方が無い。 しかしミリアリアの手があと数センチで端末に手が触れるという所で、あのさ、とディアッカはその動作を制止させるように言葉を紡いだ。 「…何よ」 まだ何かあるの。ジトリと目を細めてミリアリアはディアッカを見遣る。それにはさすがのディアッカもバツが悪そうに顔をしかめて、ゴメンと小さく謝罪を述べた。 ゴメン、でも最後に言っておきたくて。 いつになく真剣な声色に、さすがにミリアリアも閉口した。 『俺は、今度はちゃんとお前に笑っていて欲しいって思う。お前は充分泣いたから』 だから。 『アスランはちゃんと守るから』 それだけ、と、言い捨てるように呟いて、通信が切れる。どうやらディアッカの方から切ったらしい。それでもミリアリアは中途半端に伸ばした手をそのままに、しばらくそのまま動く事が出来なかった。 何を――いきなり、そんな事。守るって。何でそんな事。 伸ばした手を引き戻して、そのまま両手で顔を覆う。頬が熱くて、それを隠すようにミリアリアは僅かに顔を俯けた。 「…によ」 呟く声は、小さく。 「何よ…他人の事だけじゃなくて、自分の身も、ちゃんと守りなさいよ…“アスランは”なんて…」 精一杯の強がりで。 「……やっぱり気付いてたんじゃない…」 誰かが言った訳ではない。だけれど誰もがそう思っていた。 『きっと戦いは終わるだろう』 それがどのような結果を招くのかは分からない。地球軍が勝つかもしれないし、ザフト軍が勝つかもしれない。出来るならばそのどちらかに偏る結果は避けたい所ではあったけれど、未来など所詮不確定なものであったから、予想などつけようもない。 地球軍の核兵器の導入、ザフト軍のジェネシスの使用。そのどちらも最終兵器であって――これで決着がつかなければ、いよいよ人類に明日など存在しないだろう。 その時誰もが思っていたのだ。 どうかどうか優しい未来を、願わくば大切に想うあの人と、笑い会える未来が来る様に――。 最終決戦前の会話を捏造。敢えてアニメ通りの組み合わせでいきました。 お話として必要かな、とは悩んだのですが。やはりラスト(終戦)へ向かうにあたり、前置き的な意味で挟むことにしました。 2つの視点から書くのは初めての上、長くなってしまったのですが、どうしても纏めたくて1話にしました。 カガリが少し可哀想ですが、無条件で甘やかすだけが優しさではないので、こうして周囲に諭されながら少しずつ成長していけばいいのにという、個人的な願望で。 それにしてもディアッカがいい男になりすぎてないですかコレ(笑) 戦闘は飛ばしますので、次は一気に停戦後だと思います。 BACK / TOP / NEXT |