犠牲の上の平和は、 本当に 平和と呼べるのだろうか。






《胡蝶ノ夢》

4:想いの交錯






“守ってもらえ…お前、危なっかしい”

 そう言って彼に渡したハウメアの護り石は、何故か今自分の手の内にある。
 弄び、角度を変えれば光の屈折が変わり、輝きも変わる。それをぼんやりと見つめ、カガリは小さく溜め息をついた。
 話がある、と。彼に呼ばれた後、手渡されたコレ。自分が手渡したものを手渡される、そんな矛盾に怪訝に思うと同時、少し悲しい気分だった。

“…俺よりもお前の方が必要だろう?”

 お前の方が、今は危なっかしい。そう苦笑しながら。

「…アスラン」

 彼が――アスランが自分の何を見てそう言ったのか、自覚がないわけではない。
 父が亡くなって、情緒不安定だった自分。そんな自分を心配して、彼なりに慰めてくれたのだということも。意味があるか無いかはさておき、こうしてすがれる“モノ”があるのは、確かに救われるのだろということも。

「カガリ様、着きましたよ?」
「え?あ…ああ」

 アサギに頼んで、クサナギからアークエンジェルへ小型艇を出して貰った。とにかくアスランに会いたくて、もう一度コレを手渡したくて、居ても立ってもいられなかったのだ。
 アサギの声に我に返ると、一つ、深呼吸をして席を立つ。格納庫に着けられた小型艇を出れば、アスランとキラの兄弟機が妙な存在感を纏い、佇んでいて。その隣にはストライクとバスター、それらもまた、同じ時期に造られた兄弟機だ。
 自由と正義。戦争をしている軍隊が掲げるにしては、大層な名前だと思う――何て、自分が言えた義理ではないが。
 石を握る手に力を込め、カガリは強く床を蹴った。そのまま慣性の法則に従って体を浮き上がらせると、兄弟の片割れ――正義の方へと近寄り、彼がいるかどうかを確認する。


――…いない…か


 閉められたままのコックピット。見れば一目でそこが無人なのが分かる。
 期待していた分落胆は隠せず、カガリは知らず溜め息をついた。
 いくら勝手知ったるアークエンジェルとはいえ、広い艦内、探すのは容易ではない。かと言って引き返すのもかえって虚しい。
 どうしようかと、思考を巡らせる。
 そしてふと視線をそらした先、自分と同じモルゲンレーテのジャケットを着ている少年に目がいった。アスランではない。けれどその短い金髪には僅かに見覚えがある。
 確か…そう、バスターの。
 そう思い付いた、それからのカガリの行動は早かった。もう一度体に反動をつけ、その少年に向かって一直線。手すりがない分、彼のジャケットをストッパー代わりに掴むとその勢いで彼が振り返る。もちろん、驚いたような怪訝そうな顔で。

「おい、お前…」
「…アンタ確かオーブの…」

 向き合いながら、相変わらずぶっきらぼうな口調でカガリが言葉を放つ。意外にも、相手はカガリの地位立場を覚えていたようだった。

「カガリだ。えっと…お前…バスターのパイロットで…名前」
「ディアッカ」
「そう、ディアッカ!お前、アスランどこにいるか知らないか?」

 単刀直入、隠す必要はないとばかりにカガリはアスランの所在を問う。その内容に再び驚いたような反応を返すディアッカも、今はさして気にならない。
 それより早く。早くアスランに。
 何故自分がこんなにアスランに会いたいのか、自身でも分からない。
 ただ――

“ラクスはアスランの婚約者なんだ…”

 石を握る手を、無意識に強めてしまう。今まで彼と自分を繋いでいた、唯一の絆を。

「…さぁ、俺は会ってないけど。キラと一緒なんじゃないの?」
「そうか…」
「何?アスランに何の用?」
「いやっ、別に大した事じゃないんだ…」
「ふ〜ん?」

 大した事じゃない、なんて。よく言うなと自分が情けなくなる。
 キラの先の言葉が、自分の気持ちに歯止めをかける。これ以上アスランに関わってはいけないと、それが何故だか分からなかったが、こんな感情は初めてだった。

「ま、あいつがいるとしたらキラの部屋か食堂かブリッジか…ここ以外じゃ結構限られてると思うぜ?」
「…そうだよな、うん、ありがとう」
「探すのか?」
「いや…とりあえず食堂に行ってみるよ。居なかったら居なかったで、また探すし」
「あ〜、じゃあ俺も一緒に行くよ。丁度整備も終ったし?」
「ああ、分かった」

 思ったより親しみ易い印象を受けるディアッカとは、何となく気があいそうだ。
 ちょっと待ってろ。そう言い残し、整備士の所に何か言いに行ったディアッカの背中を見送りながら、カガリはそんな事を思う。
 それから親しげに話す彼等を、凄いものだと感心もした。
 今まで敵同士だった分、いささかぎこちない雰囲気なのは仕方がない。それでも明らかな嫌悪を向けず対等に接し合っている彼等は、正に理想――自分達が求める姿だ。
 きりがついたらしいディアッカに伴って、格納庫を後にして。

「…何だよ、お前…さっきからジロジロと」
「え?いや…お前ってスゴい奴だと思って」
「はぁ?」

 二人並んで通路を進みながら、他愛ない会話を交わした。

「だってもうアークエンジェルの連中と打ち解けてるじゃないか。ちょっと前まで殺し合ってたクセに」
「ああ、そういう意味?…まぁ、お互い命預ける立場になったんだし、いつまでもいがみ合ってても仕方ないからな」
「…そうだな。でも、頭で納得しても理性がついてこない事だってあるんだから…やっぱりスゴいよ、お前」

 その言葉に、ディアッカが僅かに照れたように視線をそらしたのを見、カガリも自然と笑みを浮かべる。
 こうやって接すれば接するほど、ナチュラルとコーディネイターの違いなどないと改めて思い知らされ、だから益々この戦争の意味が分からない。こんなに解り合えると言うのに、何故互いを邪険にするのだろう。

「一緒…なのにな」
「…ん?」
「コーディネイターもナチュラルも。同じ人間なのにな」

 そして、それを強行しているのがアスランの父だと言うのだから。きっと彼も辛いに決まっている。

「ま、互いに交流がないから偏見があるのは仕方ないさ。俺だってここに来るまではそうだった…無能なナチュラル共が、ってな」
「でも無能だから出来る事もあるし、感じられるモノもあるさ」
「…ああ、そうだな」

 この時ディアッカがあのキラの友達の少女の事を想っていたなどと、カガリは知るはずもない。けれどその何かを慈しむような優しい表情――自分に向けられているのではないとすぐに分かったけれど、それでも今の彼の目に写っているのは他でもない自分で、思わず顔を赤らめてしまった。この種の表情に、カガリはとことん弱いのだ。何と無く、気恥ずかしい。

「…カガリ?」
「え、いや…そういえばお前、もう飯は食ったのか?」
「飯?いや、まだだけど…」
「よし、なら一緒に食おう!飯は大勢のが美味いからな、アスランやキラも誘って…」
「…ああ?まぁ別にいいけど」

 そしてそんな自分に怪訝な眼差しを向けてくる彼に、カガリは慌てて誤魔化しの言葉を口にすると、そのまま視線を前方に向ける。
 それは特に意識したわけでもない、本当に何気ない動作だったのだが。

「…え?」

 大分話し込んでいたせいもあり、気が付けば目的地である食堂は目と鼻の先。
 そして反対側の通路の先に。見えたモノは、自分の見間違いなのだろうか。

「…アスラン?」

 視線の先。だんだんと近付く影。

「…カガリさん?…とディアッカ?」
「…何と言うか珍しい組み合わせだな…」


 何だろうか――胸が、胸の奥が。
 小さく痛んだ気がして、少し苦しかった。













やっぱりアスカガ要素を排除しなければならないので、ハウメアもカガリに返却です。
アスカガスキーに喧嘩売ってる内容ですな。


加筆修正・2006/12/24


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