許す事と 認める事 似ているけれど同じじゃない 《胡蝶ノ夢》 5:彷徨する心 トールを殺した相手。自分から安らぎを奪った相手。 ミリアリアにとってアスランは、正にそれ以外の何者でもなかった。 だから始めは、ただ憎いと。恨めしくて、許せないと。 “切り捨てられて、あまつさえ仲間殺されて…あの人、どんな気持だったんだろう” 奪われた事のみを悲観し、知らず奪っていた事にすら気付かなかった。彼がトールを殺した時、トールがどんな人間か――彼がいなくなった事で哀む人間が居るという事に気付く事がなかった様に、自分もまた、知らず他人を傷付けていたのに。 気付く余裕も覚悟も、自分は持ち合わせていなかったのだ。 “何、お前また泣いてんの?” 何も。何も知らないくせに。 “そんなに怖いなら軍人なんかやるなっつーの!” 私の気持ちなんか、分からないくせに。 “馬鹿で間抜けなナチュラルの彼氏でも死んだ?” トールの事、そんな風に言わないで…! まるで自分だけが被害者の様に、世界で一番不幸なのは自分だとでも言う様に。 狭量な自分が、その捌け口を――矛先をディアッカへと向けてしまった事。今思えば人の事は言えないのだと、情けなく思えてくる。 知らない彼が許せなくて、“彼”を殺した奴も許せなかったけど、“彼”を殺した事に罪悪感を抱かない彼も酷く憎らしくて。 そんな感情は、自分も向けられているのだと言う事に、気付けただけでもよかったと。 思っていいのだろうか?それで少しは、許されるのだろうか? トールを殺した相手。自分から安らぎを奪った相手。 そんなアスランを理解する事、認める事が、唯一の償いのように思えた。そうする事で、自分も許せる気がした。 だから―― だから…? 「一つ、聞いてもいいか?」 「何を?」 「“探してた”って言ってたけど…どうして?」 「どうして、って…話がしたいって、言わなかったっけ?」 「だから…それが何故かを聞きたいんだ。俺は知らなかったとはいえ君の恋人を殺した。そんな俺と、敢えて話す必要などないだろう?憎いと、思わなかったのか?」 アスランの問いに、答える事が出来ないのは自身でも不思議だと思ったからだ。 閉口するしかなかった。丁度いい言葉が見付からない。ただ「憎い」と、即答出来ない事だけは確かな事だったが、否定出来ない事も確かだったから、尚更何と表現すればいいのか分からない。 けれど何と無く、だけれど。今ここでもし自分が頷いても、きっとアスランは動揺したりしないだろう。きっと、下手な慰めや謝罪や言い訳は、彼はしないだろう。真っ直ぐ、こちらの言葉を受け止めるのに違いない。 「……」 「……」 気まずさに、視線を下に向ける。その視界の端で、アスランの紺碧の髪が揺れた。 つられてそちらを見れば彼は窓に軽く手を押し当て、その反動で後方へ――ここは宇宙空間だ。そんな些細な動きでも、あっという間に二人の距離は開いてしまう。 「…すまない」 それからある程度離れてから、彼は小さく呟いた。謝罪だった。 「愚問…だったな」 俺達は仲間なんだろう?そう僅かに微笑みを浮かべ、肩をすくめ。 「…それに…」 「…え?」 一瞬――彼の瞳が戸惑うように揺らぐ。 「君が俺を許せないように、俺も君が許せないから…」 「…アスラン」 ああ、どうしてだろうか。胸が締め付けられる思いだった。 どうして彼は穏やかな顔でそのような事を言うのだろう。どうして望む言葉をくれるのだろう。 きっとこの先、これからも彼はトールの事を、謝ってはくれない。後悔してはくれない。 ――忘れたりはしない… それが嫌なんじゃない。恨めしいんじゃない。むしろその逆だ。 彼が自身で言ったように、彼にトールの事を否定して欲しくなかったから――トールにも信じるものがあって、その信念を貫いて死んだのだから、そんな彼を否定して、その死を無意味にして欲しくなかった。 トールの事を、忘れないで欲しかった。 「君が俺を“トール”の仇と思うように、俺も君達をニコルやミゲルやラスティ…仲間の仇だと。その事を、忘れはしないから」 欲しいのは上辺だけの言葉じゃなくて。 心の底からの言葉だった。それが例え侮蔑でも、悪態でも。上辺だけの“謝罪”より、よっぽど嬉しいと思う。彼が自分に対して、正直に誠実に向き合ってくれているのだという事が、一番嬉しいと思う。 「…分かってるわ。でも…私達、上手くやっていけるわよね?」 「ああ…だから“仲間”なんだろう?君が言ったんじゃないか」 「そうね。ちゃんと握手、したものね」 視線を合わせ、どちらからでもなく笑い合った。 笑う事などは、すごく久しい気分だ。そんな相手がまさか彼だなんて皮肉だけれど、だから余計に、この笑みが心に響く。自分は笑えるのだ、彼も笑えるのだ。それは同じ事で、そして今その暖かい時間を共有しているのだ。 「それから私は“君”じゃなくて“ミリアリア”よ。私も名前で呼んでるだから、貴方だって名前で呼んでくれたっていいじゃない?卑怯よ、そんなの」 「え?あ…いや…そういうつもりじゃ…」 「ないって?無意識?まぁいいけど」 義務感じゃない。責任でもない。 アスランと話をしようと思った事。理解しようと思った事。認めようと思った事。 償いだと――けれどそれ以前、彼を知りたいと思ったから。 「そういえば食事、まだでしょ?」 「ああ。キラは艦長の所へ行ったから…先行ってていいって言われたけど、一人じゃ行きにくくて」 「そんな事だろうと思った。だからこんな所にいたの?」 「まぁ…宇宙を眺めるのは嫌いじゃないし」 「ふぅん。じゃあ一緒にどう?私もまだだし、こんな所にいたらキラも探さなきゃならないじゃない?」 この台詞に、彼はしまったとばかりにバツが悪そうに顔をしかめた。恐らくその事に気付いていなかったのだろう、そういう抜けている所は流石キラの親友。口調や態度はしっかりしていそうなのに、そのギャップに思わず笑みが漏れる。 「…お言葉に甘えさせて頂くよ。キラ、怒ると後が怖いから」 「え、そうなの?なんか想像出来ない…」 「いや、怖いと言うか…意地張って拗ねるから、機嫌とるのが大変で…」 本当に仲が良かったんだと、改めて思い知らされる、彼の顔に彼の声。苦笑しながら、懐かしむような、昔に思いを馳せるような、慈しむようなその様子はとても優しさに溢れていた。 きっとトールがいたら。彼もキラと一緒に、面白可笑しくからかわれるんだろう。いや、もしかしたらキラとトールが一緒になってアスランに怒られていたのかもしれない。 二度とこないだろうそんな光景が、易々と思い浮かぶ。 そんな感慨にふけっている自分の横を、再び慣性に従った動きでアスランが通りすぎる。その時、振り向き様に、彼は小さく微笑んだ。 もちろん、こちらも笑みを返す。そんな些細な事でさえ、とても心地よいと感じる。そしてそれは、とても素晴らしい事なのだろう。 「…ザフトに…一旦帰るんだ」 置いていかれないように後を追い掛け、その隣に並ぶと、彼は不意に脈絡のない話を口にする。 え?と、ミリアリアは彼の顔を見上げた。けれども彼はそれに気付かない。ミリアリアから窺える彼の横顔は、思い詰めたような悩んでいるような、兎に角苦渋の色を滲ませた表情を浮かべていた。 「俺の父はプラント最高評議会議長…ザフトの最高権力者だ。けれど父が戦いを止めないから、ザフトは戦いを止めない」 「…説得するの?」 「…出来ればいいと思う。どんな父でも、俺の父には変わりないから」 「…うん」 “何と戦わなければならないのか…” ふと浮かんだのは、以前キラが言っていた言葉。 「“血のバレンタイン”で母が死んで…そのせいで父は変わった。以前は…そこまで冷徹じゃなかったんだ」 「…そう」 「…なんて、君に言う事じゃないな。すまない…」 “そういうのと戦わなければならないと、僕は思います” キラの言う“そういうの”とは、軍の権力者、つまりは戦争の根元だ。それが彼の父親だなんて、思ってもみなかった。 不安気に揺らぐ彼の瞳の原因はそのせいだったのかと納得する。父親を討つ辛さなら、自分にも分かる。いや、むしろ想像しようとしても想像出来ないくらいだ。 「…気を、つけて…死なないでね」 だからこんな言葉を口にしたのだろうか。ただ何か良くない予感がした。不安が胸を襲う。 「…貴方が死んだら…キラが悲しむわ。せっかく…せっかく解りあえたのに…」 「…ああ」 そして自分だって彼と解り合える事ができたというのに。 その言葉は敢えて言わなかったけれど。 それ境に、途切れる会話。無言のまま、通路を進む。その沈黙は、決して嫌なモノではなく。 「…あれ?」 それからしばらく、目的地に着いたと思ったら、目に映る人影。 「…カガリさん?…とディアッカ?」 「…何と言うか珍しい組み合わせだな…」 アスランの言葉通り、はち合わせになった接点のない彼等の組み合わせに、疑問を抱かずにはいられなくて――カガリの自分達を見つめる瞳が切なげなものだった事、そのらしくない彼女に。その時は気付く事が出来なかった。 前回のアスミリ視点。ほら、一応アスミリメインだからさ…? 加筆修正・2006/12/29 BACK / TOP / NEXT |