近くて遠い、 そんな微妙な距離は

近付く事が 少し怖くて






《胡蝶ノ夢》

6:言えない言葉






「め…珍しいのはそっちじゃないか!人の事は言えないぞ!?」

 気が付けば、何故か必死にそう反論している自分がいた。何故必死だったのかは分からない。けれど、ただそうすれば心の痛みが和らぐような気がして、そうしなければならないと、妙な焦りに駆り立てられていた。
 そんな自分の言葉に――対象であるアスランとミリアリアは、キョトンとした表情で顔を見合わせる。
 それさえ今は歯痒くて仕方がない。

「…そうか?」
「そうかもしれないわね。ちょっと前の私達だったら」

 そう言って、同意し合うように再び顔を見合わせる二人には、互いを嫌い合う空気は漂っていない。むしろ友人と話すような、そんな穏やかささえ感じられる。
 もちろんそれは良いことなのだ。アスランが元地球軍の軍人である彼等と上手くやれるのか自分も心配だったから、安心したし嬉しく思う。
 けれど同時寂しく感じるのは、ただの気の迷いか。
もしこの艦の人間と折り合いが悪ければ、彼はクサナギに来てくれるのではないか、自分だけを頼ってくれるのではないか――そんな悪魔の囁きにも似た醜い感情。

「それにアスラン、一人じゃここに来れないって言うもの。キラとはここで待ち合わせてるようなものなのに…何と言うか…変な所で神経質なんだから」
「仕方ないだろう。今までずっと敵だったんだ。ひょっとしたらと思うだろう?皆が皆、ミリアリアのような人じゃないんだから」
「そんな事ないわ、ここの人は皆いい人よ。サイだって貴方の事、心配してたんだから。それに…ディアッカは全然平気そうだけど?」

 人はそれを“独占欲”と呼ぶ。しかし嫉妬に似たその感情を、アスランへの恋心に気付いていないカガリには知る由もない。
 だからこれは単なる気の迷いなのだ。そう思い込むことで、無理矢理感情を押し止めるしか、カガリには手がなかった。

「まぁ今更遠慮したって仕方ないし?ほら、飯食うんだろ?いつまで立ち話するつもりだよ」

 ミリアリアの言葉に肩をすくめながら応えるや否や、ディアッカがポン――とカガリの背中を軽く押した。立っている位置的にカガリの方がディアッカよりも食堂に近かったため、入るようにと促したのだろう。その反動で僅かに体勢は崩しかけたものの何とか持ち直したカガリは、後から続いてくるディアッカを振り返り、軽く睨み付ける。
 しかしカガリが、下手したら転んだじゃないかと、目で訴えてもそれは軽く受け流され、あしらわれるだけ。スタスタと何事もなかったかのように脇を通り、トレーのある棚に一直線。ソレを手に取り、手近な席に腰を下ろすディアッカ。
 逆に「何突っ立ってんの?」と、怪訝な眼差しが返ってくる。

「…アスラン食べないの?」
「ああ、今はそんな気分じゃないから…キラを放って先に食べるのも気が引けるし」
「そう?じゃあ私も一緒に待ってようか?」
「いや、構わないよ。君だって休憩は限られてるだろう?」

 さらに、と言うべきか。そんな自分を置き去りにしたまま周りの時間は着々と進む。
 気が付けばトレーを持ったミリアリアと、水を注ぐ―コップの数が4つだから、恐らく全員分―アスランが、そのままディアッカの席の正面の席に座る――つまり隣同士だ。このままでは自分はディアッカの隣、しかもアスランの正面に腰かける事になる。
 何と無く、改めて向かい合うと恥ずかしい気がしないでもない。

「お、アスラン気が利くね〜。てかカガリ、お前いつまでそこにいるつもり?」
「え!いや…」

 3対の瞳が怪訝そうにこちらに向けられ、慌ててカガリは、ずっと握ったままだったハウメアの石をジャケットに突っ込んで―実は本人もすっかり忘れていた―、同じくトレーを手にするとディアッカの隣・アスランの正面へと腰を下ろした。
 やっぱり、気になるじゃないか。
 頬杖をついて水の入ったカップを口へと運ぶアスランをチラリと見遣り、カガリは知らず早まる鼓動を押さえるように胸に手をあてた。
 きっと今自分の顔は赤いに違いない。熱が集まるのが、自分でも分かるのだから。

「それにしても人生分からないものだな。まさか足付きに乗るハメになるなんてな。なぁ、アスラン?」
「ああ、まぁな」
「足付き?」
「この艦のザフトでのあだ名みたいなもん?そういや誰がつけたんだろうなぁ」

 他愛もない会話をする3人。その会話には加わらず、カガリはただジッとアスランの顔を盗み見ていた。
 少し長い紺碧の髪から覗く、翠緑の瞳。コーディネイターだからなのかは分からないが、整った顔立ちをしていると思う。そして思えば、自分に対しての笑みは見たことがないと、何と無く気付いてしまった。
 最初の出会いは敵同士。厳しい軍人の眼差しが自分を射た。そしてその次はフェンス越し、その後ろ姿を遠目に見つめて。
 そしてオーブの輸送艦の中。全てを諦め、自嘲するような顔で流した涙――紅い、燃えるような夕日に映えて、一層その哀しみを際立たせていたと思う。
 それから最後、再び沈む夕日の中で。キラに向けられる、全ての感情。後悔も、迷いも、懐かしむ気持ちも。全てがキラにだけ向けられる。自分と会話している時に見せた僅かな笑みも、それは自分にではなくて“変わらないキラ”に向けられたものだ。

「…カガリ?」

 ふとその翠緑の瞳が自分に向けられている事に気付き、思ったよりもアスランを凝視していた自分に恥ずかしくなる。

「…何、俺の顔に何かついてるのか?」
「え…いや、そうじゃなくて…」
「そういえばカガリ、アスランに用があったんじゃねぇの?」
「…俺に?」

 訝しむように眉を寄せるアスランの視線から逃れるように横を向けば、タイミングがいいのか悪いのかのディアッカの言葉。
 まさか今ここでアスランに石を渡すわけにはいくはずもない。からかわれるのが関の山だろうし、さすがにそれくらいの分別はある。
 困った、とばかりにカガリは目を泳がせる。「あ〜」とか「う〜」とか、もしかしたら実際に声に出して唸ってしまっていたかもしれない。
 そんなカガリに集まる、怪訝な眼差し。何だか先ほどから自分はこんな視線ばかり集めている気がするが、当然だが嬉しくない。

「いや…別に用っていうか…ただちょっと気になったと言うか…それだけなんだけど」
「何だ、それならそうとさっさと言えよ。てっきり愛の告白でもするのかと思った」

 とっさに出た誤魔化しも、何と無く無理があるのは仕方ない事だろうか。
 それよりも、そんな言い訳に返ってきたディアッカの言葉に、アスランは元より、ミリアリアさえもが思わず吹き込んでしまった。二人とも運悪く水を口にしていたため、ソレが気管の方へと入り、その様子は当然苦しそうで些か不憫だ。

「…あれ?何もそんなに反応しなくても…」

 そして当のカガリはと言えば、何も言葉が出ないのか真っ赤になって金魚の如く口をパクパクとさせる。 それが遠からず、図星を当てられたせいだと気付いたのは、幸いにしてディアッカだけだ――彼は意外だとでも言いたげに目を丸くしていたが、同時に何かを悟ったようにアスランとカガリを見比べて、成程ねと小さく独りごちた。

「…お前相変わらず冗談が好きだな。良くイザークが黙ってたもんだ」

 そうしてしばらく、落ち着いたらしいアスランが呆れたとばかりにそう言い放つ。
 その台詞の中、“イザーク”という言葉に、どこか呆然としていたディアッカは弾かれたようアスランを見やる。その視線は僅かに動揺したように揺れていた。

「ま…まぁ、アイツの扱いは慣れてるし。そういえばアイツ、一人になったんだよな…」
「…ああ。でもアイツなら大丈夫だろうし、俺達の事も解ってくれると思ってる」
「…まぁな」

 アスランとディアッカ――二人の間に、言い知れぬ哀愁が漂う。原因は分からないだろうが、それでもその空気を察したミリアリアもまた、己は口を挟むべきではないと悟ったのだろう、複雑な面持ちで顔を伏せた。

“アイツはニコルを殺した…”

 その“イザーク”がデュエルのパイロットだという事を、カガリは知らない。けれど以前にアスランが涙ながらに語った言葉――爆散したブリッツと、以前キラとアスランの愛機だったストライクとイージス、そしてディアッカのバスター。消去法をとれば、鈍感な自分でも気付く事が出来る。
 その相手がどういう人物かは知らない。けれども二人の様子から、そう遠い人間ではないのだろう。そんな人間ともしかすると相対しなければならないかもしれない事実は、やはり悲しい事だと思うし、辛い事だとも思う。


 友と敵対する辛さ。それはこの前もこの先も、カガリが二度と味わう事のない痛みだ。



「戦争、早く終わると良いな」


 そうしてソイツとまた笑いあえたらいいな。



 カガリのその呟きに、アスランもディアッカも、そしてミリアリアも。
 そうだね、と小さく頷いた。













意外なメンバーチョイスです。サイが仲間はずれです。


加筆修正・2006/12/29


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