望んだものは、 欲したものは

このソラの下に…






《胡蝶ノ夢》

7:君がくれた奇跡






 今目の前にある光景は――見間違いだろうか。錯覚だろうか。

「…何で?」

 そう思ってしまうくらい信じられなくて、キラは思わず首を傾げ、疑問の言葉を呟いてしまった。
 クサナギから帰還して、アスランの頼み事のために艦長の所へと行って。そこでしばらく話し込んでしまったのは、認めよう。しかしだからと言って、この展開は早すぎやしないだろうか?

「…キラ?」

 アークエンジェルの食堂にて。確かに自分はアスランに先に行くように言ったけれど。
 そんな彼の正面―正確には斜め前だが―に座るディアッカ…は、まだ分かる。一応、元同僚なのだから。そしてディアッカの隣に座るカガリも――まぁ、あれから彼女がこちらに来て、そしてたまたまはち合わせたとでも考えれば、納得は出来ない事もない。
 しかし。しかしである。何故彼女がここに、しかもアスランの隣に座っているのか。
 それが解せない。全くもって謎だ。

「…おい?」
「え、あっ…ごめん」

 気が付くとその彼女――ミリアリアばかりを凝視していて、アスランの呼び掛ける声にようやく我に返る。いつの間にか席を立って側に来ていた彼は、思い切り怪訝そうな顔を向けていた。

「…艦長、何て?」
「ああ、うん。そんな物でよければどうぞ、って。今マードックさん達に頼んで整備してもらってるから、もうしばらくしたら行けると思う」
「…そうか」

 そして小声で、まるで密談するかのように交わされる言葉。“そんな物”とは、アスランの頼んだシャトルの事。怪訝そうなアスランの顔が一転、苦渋に満ちた表情になる。
 仕方がないとは思う。アスランの辛さはきっとアスランにしか分からない。いくら想いを違えるからと言っても、実父と敵対する辛さは、相当なモノに違いない。
 実際キラ自身はパトリック・ザラに会った事はないけれど、写真で見た事ぐらいはあるし、アスランから話を聞いた事もある。その時のアスランが決して父を嫌っていなかった事ぐらい、彼の態度からすぐに分かった。
 苦笑しながら「父は家庭よりも仕事を優先する人だから」と言ったアスランの横顔は、呆れたようで、けれど寂しそうでもあって。

「アスラン食事は?」
「え?ああ…いや、今は何も食べる気がしなくて」

 何でもない、とでも言うように肩をすくめるアスランが、無理をしている事ぐらい――長年の付き合いなのだ。気付かない方がおかしい。

「そっか…それよりマリューさんが一度話がしたいって。今から艦長室行ってもらってもいい?」
「ああ、構わない」
「その間に出れるようにしとくから…そのまま格納庫の方、来てもらっていいから」
「分かった。すまないな、キラ」
「どういたしまして」

 今度はこっちが言いながら肩をすくめる。それに返ってくるのはアスランの笑み。

「…それじゃ…」

 そのまま自分と入れ違いに部屋を出ていこうとしたアスランが――ふと思い立ったように、後ろのを振り返り。何と無く追った視線の先、キラは再び信じられないとばかりに彼女を凝視してしまった。
 そんな自分の視線に気付いていないのか気にしていないのか。ミリアリアもまた、心配そうな表情でアスランを見上げていた。まるで無言で会話するように、二人は一瞬目を合わせ、

「頼んだぞ、キラ」

 何事もなかったかのように去っていくアスランと、同じく何事もなかったかのように視線を食事のトレーに戻すミリアリア。
 一体全体、二人に何があったのか分からなくて、キラはしばし呆然とその場に突っ立っていた。

「…キラ?アスラン、どうかしたのか?」
「え?いや、別に…それよりディアッカ、ちょっと…」
「は?俺?」
「いいから来て」

 またもや他人の声でハッと我に返る。そうだ、自分ものんびりしてはいられないのだ。何があったのかは後でアスランかミリアリアに聞けばいい。
 慌ててキラは――それでも平静を装ってディアッカを手招きすると、まさか自分に話が振られるとは思わなかったのだろう、僅かに驚きで目を見開く彼の返事を待たず、アスランとは反対方向へとその場を後にした。そうすれば、彼は仕方なく自分についてくるしかないだろうと踏んでの行動だ。

「おい、キラ!何なんだよ?アスランは?」
「アスランはマリューさんの所に。それよりシャトルの整備、手伝って欲しいんだ」
「シャトルぅ?また何で…」

 案の定、ディアッカはそんなキラに駆け寄って来る。その顔にはありありと疑問の色を浮かべたままだ。

「アスラン、ザフトに帰るんだって。…お父さんと、話がしたいって」
「…ザラ議長と?」
「あ…そういやディアッカも、お父さんやお母さんと話、したいよね…」
「…いや、俺の父は穏健派だし。その必要ねぇよ」
「…そう」

 キラもまた、格納庫へ足を進めながら――それからふと、当たり前のように側にいるディアッカの立場にようやく気付き、そういえば彼もまた親を裏切る立場になるかもしれないのだと、顔を曇らせた。
 彼の父親も評議会の議員だという事は、以前フラガから聞いたことがある。その時はたいして気には留めていなかったが、これでよかったのか、今はそれが心配だ。

「そんなにお前が心配することねぇよ。ま、俺は親父よりも同胞…元同僚とかさ…そっちのが辛いかもな」
「…でも…そういう人達も、話せば解ってくれるよ」
「…ああ」

 力強いディアッカの返事に、この気持ちが杞憂であって欲しいと切に願う。

「そういえば何であんな変わったメンバーでいたの?」
「あ〜、俺は格納庫でカガリと会って、そこで飯誘われて…いや、誘ったのか?まぁ、とにかく一緒に歩いてたら、あの二人とはち合わせたんだよ。まったく、いつの間に打ち解けてたんだか」
「あの二人って、アスランとミリアリア?…へぇ。じゃあディアッカちょっと悔しかったんじゃないの?君、ミリィの事気に入ってるみたいだし?」
「えっ…な…キラ!」
「あはは、ディアッカ顔真っ赤!説得力皆無〜!」

 それでも今は、自分は彼と――ディアッカと一緒だから。

“可哀想なのはアンタの方でしょう!?”

 以前は孤独だった。
 フレイだけが唯一だった。それが寂しくて、切なくて。

“可哀想なキラ!独りぼっちのキラ!戦って辛くて、守れなくって辛くて、すぐ泣いて…!だから…っ”

 そのフレイの想いさえ、偽りだと気付いていたのに、それにすがるしか、自分を癒す手立てがなかった。

“…キラ!キラ…私…っ!”

 けれど今はもう自分は可哀想じゃない、と。独りじゃないと。胸を張って言える。
 以前は孤独だったこの場所で、今はこうやって笑いあえる仲間がいるから。

“でも戦って守れたものもあるでしょう?”

 失ったものも大きいけれど、それで得たものもまた大きい。
 こうやって敵であった――アスランとは違って、全く知り合いでもなかった彼と解り合えた事は、多分とても大事な事だろう。
 そしてそれは自分だけじゃなくて。
 ディアッカも、サイも、ミリアリアも、アスランも。奪い奪われた事を認め合い、互いに手を取る事が出来たのは、きっと大きな進歩になるはずだ。いや、“はず”ではなくて、大きな進歩に違いないのだ。

「…でも…強いね、ミリアリアは…」
「…ああ、そうだな」

 きっとミリアリアの事でも思い出しているのだろう、遠くを見つめるディアッカの横顔を見つめながら、キラは遠くにいるだろう歌姫の事を想う。
 そしてもちろんフレイの事も忘れてはいないし、忘れてはいけない。

「…もちろんディアッカも。強いよ、君は。色んな意味で」
「色んなって…それは誉め言葉?」
「もちろん!」



 信じられないんだ。今でも夢を見ているようで。
 こうやってここにいる事が。
 こうやって笑っていられる事が。


――君がくれた奇跡…













本当は帰るまでにもうちょい余裕があったみたいですが。


加筆修正・2006/12/29


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