さくり、さくりと草を踏みしめる音がする。


「そういえば…あの時の写真、ラクス喜んでたよ。ありがとう」
「そう?ならよかった。私もあの写真は我ながら上手く撮れたと思ってるの。そう言ってもらえると嬉しい」
「俺はあの写真も好きだよ。ほら…キラとディアッカが、ケーキの大食い対決をして」
「食べすぎでダウンしちゃったやつ?」
「そう。あの時のディアッカの顔は、傑作だった」


 さくり、さくり。頬を撫でる風は優しく穏やかで、午後の陽気は暖かく。


「着いたよ。ここが……」


 さくり。足音が止まる。


「母上と…それから父上が、眠る場所」






《胡蝶ノ夢》

epilogue:覚めない夢






「まぁ、眠るっていっても中身はからっぽなんだけどな。形式だけでも、同じ所に名前が刻めて良かった」
「…そうだね。やっぱり夫婦は一緒でないと」
「だろ?父と母が一緒なのは…俺も嬉しいから」

 二人の目の前には小さな墓石が一つ。刻まれた名前はレノア・ザラにパトリック・ザラ――アスランの両親だ。
 暦の上ではもうすぐバレンタイン。それは、アスランの母の命日だった。
 墓参りには少し早いけれど、と言い出したのはアスランで、ミリアリアは一も二も無く首を縦に振った。

「初めまして…っていうのは、何かおかしい?」
「いいんじゃないか?実際、初めてなんだし」
「そっか、じゃあ改めて。ミリアリア・ハウと申します。息子さんにはお世話になってます」

 墓前に供える花は、ここに来るまでに二人で選んできたものだ。二人揃って花には詳しくないものだから、あれやこれやと散々悩みに悩んで、結局は店員に助言をして貰ったのだが。
 花を置き、墓石に向かって話しかける。別に幽霊の存在を信じている訳ではないけれど、それでもこうすると本当に本人に伝わっているような気がするのだから、不思議なものだ。
 ミリアリアはアスランの両親とは面識がないけれど、きっと素敵な人だったのだろうなと心の中に思い描く。母親は優しい人だったのだろう。父親は厳しい人だったのだろう。だけどもアスランが彼等の事を愛しているのだ。きっと彼等も、アスランの事をとても深く愛していたに違いない。

「…なんか、せっかくプラントに来たのに墓参りに付き合せて、ごめんな」
「ううん、気にしないで。だってアスランの大事な場所なんでしょう?」
「ああ」
「ラクスも連れて行って貰った事はないって」
「ミリィが初めてだよ」
「ふふっ、私それ聞いてちょっと嬉しくなったのよ。それに、時間は何も今日だけじゃあないもの」

 自分達には明日がある。明後日もある。そう急ぐ必要はない。
 ミリアリアの言葉にアスランはほんの僅かに目を瞠った後、そうかそうだったな、そう言いながら笑みを漏らした。
 それきり互いに口を噤む。元よりペラペラと会話を交わすような場所ではないし、当のアスランだって思う事は色々沢山あるだろう。静かに墓石を見つめるアスランの横顔をちらと窺ってから、ミリアリアは視線を遠くに飛ばした。
 この墓地に名前を刻まれている人間の中の一体どのくらいが、血のバレンタインで亡くなった人なのだろう。戦争で亡くなった人なのだろう。
 もしかするとこの中には、アークエンジェルが撃墜した戦艦やMSのパイロットがいるのかもしれない。
 そう考えると他人事のようには思えなくなって、心の中でひっそりと祈る。


 世界は平和になった。それはきっと、生きている人達だけではなく、ここにいる人達も一緒に築き上げたものなのだと。


 そして私は、こうして今、この人の隣に立っている。この場所に立っている。


「明日は…」
「うん?」

 どのくらいの間、そうして呆然としていただろうか。
 ふいに口を開いたアスランに、ミリアリアはハッと意識を現実に戻した。そちらを振り向けば、墓石を見つめていた筈のアスランは、今はこちらを見下ろしている。
 もういいの?と問えば、いつでも来れるから大丈夫、とアスランは苦笑を浮かべた。それから、もしかして待たせてた?と問い返されたので、気にしないでいい、と首を横に振って応える。

「それで、明日が何?」
「ああ、うん。明日はさ、遊園地にでも行こうか」
「遊園地?」

 それはまた唐突ね、とミリアリアが驚きを露にすれば、アスランは少し照れ臭そうに頬を掻いて。

「隣の市に新しく出来たらしいんだけど、ラクスが先月行って来たって」
「ラクスが?…ああ、キラと一緒に?」
「そう。面白かったって言ってたけど、俺、そういう所に行った事ないし。どんな所なのかなぁと」

 だから君と行ってみたくて、なんて言われてしまえば、頷かない訳にはいかないだろう。この人は本当に、何でこんな恥ずかしい台詞をサラッと口にするのだろう。
 ミリアリアは頬に熱が集まるのを自覚したが、出来るだけ平静を装った声で、そうなんだ、と頷いた。

「じゃあ…行こうか。アスランの遊園地デビューの為に」
「その言い方は何かちょっと恥ずかしいけども」
「でも、間違いじゃないでしょ?」
「…その通りだけど」

 顔を見合わせて、笑みを交し合う。そしてもう一度、二人揃って墓石を見下ろして。

 優しい風が、二人の間を吹きぬけた気がした。
 姿は見えないけれど、アスランの両親が笑っているような気がした。

 この穏やかな時間が、まるで夢のような気がした。



 だけども夢ではないから、夢ではないのだと知る為に。



 どちらからともなく、手を繋いだ。













このお話はここで完結です。お付き合い頂きありがとうございました。

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